最強のお助けキャラ
『マジカルホリック9-nine-』、通称m9の世界へ転生したとアッシュが気付いたのは、生まれてからしばらくが経過してからのことだった。
最初は剣と魔法の異世界に転生したのだとばかり思い、語学の習得をしていくうちに自分の名前がアッシュであるということに気付き。
どこにでもいる名前なので、まぁ自分が知ってるキャラと偶然同じだけだろうと思い気にはしなかった。
しかし、ある国王の正妃が一人の女の子を生んだというところで彼は驚愕する。
新たに生まれた第一王女の名はイライザと言い、王妃に似た綺麗な金色の髪をした赤子らしい。
両親がしていた話を聞き、彼は確信した。
王女、イライザ、アッシュ。三つの偶然が重なるはずがない。
自分はm9の世界に転生したんだ……そう理解するのに時間はかからなかった。
その事実は、アッシュにとっては余命宣告に等しい。
アッシュというキャラは、原作では今から十二年と少し後、主人公覚醒の前にある所謂負けイベントで死ぬ運命にある。
魔王軍幹部のヴェッヒャーという魔物に、殺されてしまうのだ。
アッシュはm9の世界に転生して実質的な余命宣告を受け、どう思ったのか。
その答えは、偶然にも彼が初めて喋るタイミングと重なった。
アッシュが最初に口から出した言葉は、パパやママなんてかわいらしいものではなく―――
「よっしゃあ!」
という漢らしいものだった。
きっと手の自由が利けば、ガッツポーズもしていただろう。
彼は前世で、あまりセールスが奮ったとは言えなかったm9の大ファンだった。
一回しか送れないアンケートには文字数限界まで良かったところや不満点、ゲームバランスを調整するためのパッチの内容の提案までするほどの厄介ヲタクだったのだ。
各ゲームショップごとの特典はもちろん網羅している。
初回限定版と通常版、明らかにヲタク狙い撃ちした豪華特装版まで全て買い集めていたし、ネットでしか買えないグッズも推しキャラの分は全て揃えていた。
ゲーム内なら自分が十二年後に殺されるとか、そんなことは最早些事でしかなかった。
自分の推しキャラにだって会えるし、プレイヤーの分身だったライエン(名前は変更可能、もちろんアッシュは自分の名を入れてプレイしていた)と親交を深めることもできる。
その夢のような事実の方が、よっぽど重要だ。
アッシュが好きだったキャラはそもそもバグ(仕様です)でヒロインですらなかったが、メインヒロイン達だってかなりの粒ぞろいだ。
面白い女の子達ばかりだから、絡んでいった方が今世は絶対に面白くなる。
王女イライザ、幼なじみ伯爵令嬢のスゥ、学園に潜入している暗殺者ミコトさんに、元魔王軍軍師のエルメス。
時間を忘れて楽しめたルートも結構多かった。
アッシュは主人公ではないが、ヒロイン達と親交を深めても、ストーリーに歪みは生まれないだろうという確信があった。
……彼は前世では『一緒に居て楽しいけど、そういうのはちょっと考えられないからお友達で』と言われ続けてきた男だったのだ。
アッシュにはそういう関係には発展しないだろうという、大分後ろ向きな自信があった。
それに彼がヒロイン達と親交を深めたいのは、なにもただ楽しそうだからという理由だけではない。
m9というゲームに、ハーレムルートは存在しない。
彼女達の中には選ばれなかったことで、日の当たる世界から暗闇に戻ってしまう者達もいるのである。
負けヒロインになってしまった子達のメンタルケアとかしてあげたいし、場合によっては救いの手だって差し伸べてあげたい。
そう思えるのも、それが実際に出来るのも、m9にどっぷり浸かっていたアッシュだけだろう。
だが先ばかりを見ていては足下を掬われる。
何せ十二年後には、自分にはヴェッヒャーに殺されるという死の運命が待ち受けているのだから。
まずはそれを回避するために何ができるか、彼はそれを考えた。
出した結論は、
「おうけのはかあらし!」
「あ、あんた、またアッシュが喋ったよ! おうけのはか…………王家の墓荒らしっ!?」
そんな言葉どこで覚えて―――まさかあの旦那(バカ)、また変なことを企んでるんじゃ……などという母の言葉を流しながらアッシュはそこに至るまでの道筋を描いていく。
アッシュの死の運命を回避するためには、ただあの運命の日に主人公ライエン達と行動を共にせず、別の場所にいればいい。
だが、それではダメだ。
死ぬのがアッシュではなく他のヒロイン達になる可能性だってあるし、場合によってはそれでこの世界が
それに……どうせm9の世界に生まれたのなら、メインキャラやヒロイン達と関わりを持ちたいし、一緒に遊んだりしたい。
更に贅沢を言うのなら……自分の推しキャラである攻略不能ヒロインのメルシィを、遠くから見て尊みを感じていたい。
それら全てを解決させるいい方法がある。
―――とにかくアッシュという人間が、強くなればいいのだ。
この世界にはレベルとスキルの概念がある。
レベルを上げることで筋力や防御力などに値補正がかかり、全体的な能力の向上が見込めるのだ。
ヴェッヒャーを殺せるくらいレベルを上げて強くなり、物語の舞台となる魔法学園に庶民でも入れるくらい強くなり、各種イベントからヒロインや主人公達を助けられるくらい強くなればいい。
負けイベントを覆すとなればかなりのレベル差が必要となってくるだろうから、レベル上げは相当なハイペースで行う必要があるだろう。
具体的な目標としては40……後の魔王軍襲来でやってくるヴェッヒャーと同格の魔物を倒せるレベルを目指す。
スキルには二つの種類がある。
一部の天才が生まれ持っている固有スキル。
もう一つは巻物(スクロール)を使えば誰でも後天的に使えるようになる汎用スキル。
巻物は一度使えばなくなってしまう。
この巻物に使われている技術は現代では再現できないため、物によっては天文学的な値段になることもある。
だがアッシュには前世のゲーム知識がある。
隠し部屋、ダンジョン、宝物庫。
巻物がある場所など、やっているうちに暗記してしまっている。
彼が王家の墓荒らしと言ったのも、そこに今一番求めている巻物が眠っているからに他ならない。
レベルの上昇と汎用スキルの大量獲得を合わせれば、序盤のお助けキャラでしかないアッシュもこの世界で活躍することができるはずだ。
現にこの世界には、このやり方で名の通った伝説の傭兵へ成り上がったキャラもいる。
魔王を倒すのは不可能でも、ストーリーの進行通りに世界を進め、バッドエンドにならぬように手助けをすることくらいならできるはずだ。
彼が主要人物達全員を助けられるくらいのお助けキャラになれば、本来のゲームではなかった大団円ですら可能かもしれない。
アッシュは物語の序盤における、主人公パーティーのお助けキャラだった。
(それならいっそ、プロローグからエピローグまでライエンを導けるような、最強のお助けキャラを目指そうじゃないか。うん、それがいい)
折角俺の大好きなm9の世界に転生できたんだ。
やってやる、やってやるぞ。
アッシュの心は燃えていた。
……後ろで激しく言い争う自分の両親の夫婦喧嘩に気付かぬまま。
彼がまず最初に目指すことを決めたのは、王家の墓。
攻略本によるとその推奨レベルは―――71。
メインストーリークリア後の世界で、イライザルートを選択した場合のみ解放される隠しダンジョンの一つだ。
そんな難攻不落のダンジョンに、生後一歳にもならぬアッシュは挑もうとしていた。
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