武闘会


 アッシュは十才になった。

 レベルアップは止まり、魔法の練習も基本的に頭打ちになっている今の彼は、剣術に熱を上げている。


 『剣聖』の手紙を入手し、ナターシャの信用を得て師事することにも成功した。


 結局『武神』にはまだ挑まないと決めた彼女は、ここ最近は自分から時間を作ってアッシュに稽古をしてくれるようになった。


 おかげでアッシュの剣技はみるみる上達している。


 レベル二十越えのステータスを利用した力技な面も多々あったが、彼の振る剣はしっかりと理を持つものへと成長している。





「武闘会―――ですかっ!?」


 今日もまた稽古をつけてもらっているアッシュの下へ、正面から剣が襲いかかってくる。


 剣も持ち主も一本のはずなのに、その軌道は幾重にも渡っていてその全てに実体がある。


 全てを避けきることは不可能だと即座に判断、右半身を前に出して攻撃を半分受ける覚悟を決めた。


 鋭い突きが、アッシュの身体を抉り取る。

 真剣での立ち合いのため、勢いよく血が噴き出していく。


 剣を取り落としそうになると、次の瞬間には右腕を信じられないほどの熱さが襲った。


「そう、武闘会。十五歳以下の年少の部もあるから、大人達とはやらずにすむよ」


 エクストラヒールを使おうと大きく後ろに下がると、ナターシャが更に一歩半ほど距離を詰める。


 至近距離に近付きながらの刺突が、容赦なくアッシュの右胸を貫いた。


 一応急所である心臓は外す配慮をしてくれてはいるのだが、右肺の傷は普通に傷付いている。


 アッシュは口から血を吐きながら苦笑し、目を閉じてラストヒールをかけた。


(この程度では死なないと思ってくれてるようだけど、ちゃんと残ってるMPは気にしてくれてるのかな……もし切れてたら、俺本当に死んじゃうんだけど……)


 ヒール系の魔法で傷を治した場合、見た目上は元に戻っていてもしばらくジクジクとした痛みが続く。


 回復痛と呼ばれるそれを耐えるために歯を食いしばりながら、アッシュは再度剣を構える。


「ゆっくりでいいから打ち込んでくるように」

「押っ忍!」


 少しだけ距離を離しているナターシャに近付きながら、剣を振り上げる。


 まずはシンプルに、両手での振り下ろし。


 技の型を確認するためにゆっくりと放たれたそれを、彼女もまたゆっくりと剣で受ける。


 ナターシャが体勢を変え、剣を横に水平にして薙ぎ払いを放とうとする。


 それを見てからアッシュは更に前に出て、剣の腹を当ててその攻撃を止めた。


 アッシュが攻撃をして、ナターシャがそれを防ぐ。そして次にその逆をすることが1セット。

 これを痛みが消えるまで、ゆっくりと続けていく。


 ナターシャがアッシュ用に組んでいるメニューはいくつかの種類がある。


 今やっている、一度全力で戦い大怪我をしてから行われる型稽古も、その訓練の一つだった。


 どれだけ身体が痛もうと、型通りに攻撃が出せなくては意味がない。


 何があっても戦い続けることができるようにする、というのがナターシャの方針だった。


 ちなみにこの特訓にも二種類ある。


 今回のように明らかに放っておけば死ぬような重傷であれば、治してからスタート。


 そして致命傷でないと判断できるような怪我であれば、骨が折れていようと回復を使わずに戦いを強要される。


 最近は致命傷を負ってからの戦闘に比重を置いているのか、前者の流れを取ることが多かった。


「で、どうして武闘会の話を俺に?」

「アッシュ、君は同年代の友達がいない。競争できる人がいないと、伸びるものも伸びなくなる」

「俺に友達がいないのは……関係ないでしょう」


 時にフェイントを入れて寸止めをしたり、一瞬動きを止めるかと思わせて再開したり。

 虚実を織り交ぜながら、あくまでも型どおりの動きだけを続けていく。


 アッシュはようやく痛みが取れまともに話せるようになったので、先ほどの真意を聞くことができた。


 どうやらナターシャは、武闘会を友達作りの場か何かと勘違いしているらしい。


「でも同年代は大切。学校行ったときに知り合いが一人もいないと、浮くよ?」

「そうなんですか……実体験っぽいっすね」

「……なぜバレた」


 アッシュの脳内にあるm9の記憶にも、たしかに武闘会は存在していた。


 たしか勇者ライエンは、魔法学院に入学するよりも前に、十五歳以下の部で優勝をしていた回想シーンがあったはずだ。


 メインヒロインであり、伯爵に養子として引き取られたスゥ。

 ライエンは彼女と会場で再会し、同じ魔法学院に通うことを約束するのだ。


 果たしてライエンが出場するのが今年なのかはわからないが、もし大会に出れば彼と会える可能性は十分にある。


「でも……良いかもしれないですね。素敵な出会いもあるかもしれない」

「一応本選に出るのは良いとこのお嬢様が多いから、出会っても結ばれないと思う」

「……俺はまだ十歳ですよ」


 剣以外のことに関しては基本的に天然なナターシャは放っておくとしても……たしかによくよく考えてみると、見てみるくらいならアリなように思える。


 ライエンとスゥの再会シーンを生で見れるというだけでm9ファンとしては垂涎ものだ。


 それに一度、主人公達のことを確認しておきたいという思いもある。


 それに何も、会えるのは彼ら二人だけとは限らない。


 国王様まで見に来ると噂の武闘会には、たくさんの大貴族達がやってくる。


 大量の原作キャラも来るだろうし、もしかするとその中には……メルシィもいるかもしれない。


 そんなことを考えていると剣閃が鈍り、剣筋がブレた。


 ナターシャはそのアッシュの隙を見逃さずに、脇に剣を当てる。


「ちょっと顔赤くなってる。……既に心に決めた人がいる?」

「――うーん、いや無理っすね」


 運営の悪意によって不遇キャラへ落とされてしまう、メルシィ=ウィンドという少女がいる。


 メインヒロインであるスゥの当て馬としての役割を終えるとすぐに没落させられるという、大変かわいそうな女の子だ。


 そもそもヒロインではないので、攻略することもできない所謂サブキャラの一人である。


 アッシュが前世で一番好きだったのは、メルシィである。


 彼女は一見するとただの高飛車なお嬢様にしか見えない。


 だが誰も居ないベッドの上では、そんな自分を変えたいとため息を吐くような、普通の女の子なのだ。


 アッシュは初回限定版ドラマCD『お嬢様達の休日』を聞いて、メルシィにゾッコンになってしまっていた。


 そんな彼女に、この自分の暮らす現実世界で会えるかもしれない。

 そう考えるだけでアッシュの胸は高鳴った。


 だが同時にメルシィがこのままいけば不幸になってしまうことを、今になってようやく思い出した。


 正確に言えば思い出したことはあったはずだが、ついつい後回しにして結局今の今まで動いてはいなかった。


 自分が生き残ることばかりを優先していたせいで、彼女の家のことまで考えが及んでいなかったのだ。


 自分にとってのヒロインを忘れてるなんてと歯を食いしばりもしたが、同時にこうも思った。


 もしかしたら――まだ間に合うかもしれない。


 自分が行動を起こせば、メルシィの没落は回避できる可能性は十分にある。


 ウィンド家が公爵の爵位を剥奪されるのは、たしか隣国である帝国と裏で内通をしていたのがバレたからだった。


 それがいつから始まっていたのかはわからないが、今ならまだ止めることだって――。


(……いや、無理か。ただの平民の言葉を、まともに取り合ってくれる貴族がいるとは思えない)


 心中ですぐに否定したが、待てよとすぐに思い直す。


 例年通りなら国王が国の内外に声をかけて行われる武闘会では、優勝者には国王に嘆願をする権利が与えられる。


 十五歳以下の年少の部にもそれがあるかはわからないが、誰か偉い人と話す機会の一つくらいはあるかもしれない。


 自分が知っている、つまりはm9に出てきたキャラと繋がりが持てれば、その人経由でなんとかウィンド公爵家へメッセージを届けることができるだろうか。


『お前を見ている、内通は止めておけ』


 とでも送れば、とりあえず胸の内に飼っている二心を御すくらいのことはしてくれるはずだ。


 というかそもそもそれを言うなら、シルキィ経由で辺境伯へ渡りをつけた方が……いやそれもダメか。


 そもそもあそこの親子仲はかなり悪かったはずだ。

 そんな状態では、シルキィが素直に言うことを聞いてくれるとも思えない。


 ジッと考えていたアッシュは、気付けば自分が手を止めていることに気付いた。


 彼と相対していたナターシャは、何故かうんうんと頷きながら腕を組んでいる。


 絶対に何か勘違いしていると思うが、下手に言って機嫌を損ねられたら物理的に蜂の巣にされるので黙っていることにした。


「師匠命令、優勝してくるように」

「うっす、頑張ってみます」

「それと、最初は文通からね」

「了解了解」


 アッシュはこの大会に出る程度ではストーリーは変わらないだろうと高をくくり、割と軽い気持ちで出場を決めた。


 できることならウィンド公爵家の内通を止めるような手立てを探したい。


 ド平民であるアッシュが貴族と関わりを持てる場は、そうはない。

 この好機を逃せば、次は何時になるかは全くわからなかった。


 ……それに、メインキャラ達やメルシィが見れるかもしれないという、ミーハーな気持ちもある。





 ――実はアッシュに触発され、修行に熱を入れ始めたシルキィは、既に父親との和解を済ませている。

 だがアッシュは、未だその事実を知らない。


 この世界は、敷かれたレールから少しずつではあるが、外れ始めていた――。

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