お助けキャラに転生したので、ゲーム知識で無双する ~運命をねじ伏せて、最強を目指そうと思います~

しんこせい(5月は2冊刊行!)

プロローグ 1


「もう一度……もう一度言ってご覧なさい!」


 一人の少女の激昂が、校舎全体を震わすほどに大きく響き渡った。


 ここは魔法を学び、一人前の魔法使いを育成することを目的に設立された、ユークトヴァニア魔法学院。

 王国全土から魔法の才のある貴族の子を集めたエリートの集まる場所だ。


 しかし廊下に響き渡るほどのその大声は、そんな高貴な雰囲気に見合わぬ、まったく余裕のないものだった。


「私のことはいいの。でも、それでも……父上をバカにすることだけは許さないっ! そこに直りなさい、セシリア!!」


 その少女は右手には扇を、そして左手には杖を持っていた。

 仕立ての良い真っ白な服は、肌の白さと相まって純真なイメージを与えてくれる。


 流れるような金糸の髪はくるくるとカールになっていて、ラピスラズリの瞳を一層際立たせる。


 彼女の瞳はつり上がり、口の端はプルプルと震えていた。


「ひっ!?」

「まぁまぁ、そうビビるなって。所詮は落ちた令嬢、パパの後ろ盾がなけりゃただの高飛車な娘っ子さ」


 彼女に視線で射貫かれた女生徒が、思わず声を上げる。

 だが女性との脇にいた男子生徒達は、変わらずへらへらと笑っていた。


 その態度と言葉からも、彼らが目の前の少女をバカにしているのは明らかだ。


 怒鳴られたセシリアが顔を手で覆う。

 隠れる寸前の彼女の顔に浮かぶのは、明らかに人の悪い笑みだった。


 怒気を発しながら彼らに相対している少女は、その名をメルシィ=ウィンドという。


 王国宰相に二度も任じられたことのある、由緒正しきウィンド公爵家の嫡子だ。

 彼女は今とある事情から、皆から軽んじられるようになっていた。


 父であるウィンド公爵の汚職が発覚したのだ。



 だがそれ自体は、そこまで大きな問題ではない。

 大貴族であれば多少の差異はあれど、誰も似たようなことはしている。

 今回の場合はウィンド公爵のそれが、たまたま表沙汰になってしまったというだけのことだ。


 その証拠に今回の国王陛下から言い渡された処遇は、いくらかの罰金と自宅での蟄居のみ。

 御家を取り潰しになるような大事にはなっていない。


 しかし全寮制で閉鎖的な魔法学院では、そういった些細な出来事が噂として広がり、拡大解釈をされながら皆の話題のタネになり、面白がるための材料にされた。


 その事件以降、以前メルシィの周りにいた取り巻き達はその数を大きく減らした。

 彼女のことを馬鹿にするような陰口が叩かれることも増えた。


 メルシィはそれくらいなら構わないと、問いただすような真似はしてこなかった。


 しかし目の前で自分の父を悪し様に罵られれば、話は別だ。


 セシリアは以前から可愛がっていた、公爵家の寄り子のとある子爵家の娘だった。

 見知っていた相手だからこそ、彼女の発言は看過できない。


 だがどうやら肉親をバカにされ激昂したメルシィの態度すら、周囲の者達には話題提供程度にしか見えていないらしい。


「で、どうするんだ? セシリアは謝りたくないってよ」

「謝れ! 頭を垂れ、這いつくばって、泣きながら父上へ土下座しろ!」

「平行線だな。魔法学園で互いの主義主張が対立した時は――」


「「「「魔法決闘マジック・デュエルだ!」」」


 周りにいる生徒達が、決闘だ決闘だとはやし立て始める。

 魔法学院には、今はもう廃れて長い決闘の文化が未だに存在する。


 もっとも決闘と言っても、以前のように騎士達が剣技で己を通すものではない。


 魔法使いが互いに魔法をぶつけ合い、どちらが優れた魔法使いであるかを決める決闘――魔法決闘へとその形は変わっている。


 この魔法決闘が行われることは滅多にない。

 メルシィが記憶していたところによると、直近で行われたのも三年ほど前、文化祭の出し物について議論が白熱して行われたのが最後だったはずだ。




 怪我をすることも少なくないし、下手をすれば嫁に行く前に珠の肌に傷がつく可能性もある。


 そもそもの話、決闘など良家の子女がするようなものではない。


 けれど……。



「―――それに勝ったら、謝ってもらえるのですね?」

「ああもちろんだとも」


 

 元々激情家のきらいのあった彼女は、その決闘の申し出を受けてしまう。



「セシリア嬢はか弱い女の子だ、当然だがこっちは代理人を立てさせてもらうぜ―――おいっ、ランドルフ!」

「はいはい、僕はこういうのはあんまり好きじゃないんだけどね」



 生徒達の波を割るように出てきたのは、ランドルフ=ビッケンシュタイン。

 伯爵家の三男であり、本来なら家を追い出されるところを魔法の才能で覆した天才だ。


 学校の成績は上から三番目で、既に軍役の経験もあると聞く。

 彼の口ぶりからしても、これが事前から準備してあったことは明らか。


 つまりこれら一連の出来事は、自分を狙い撃ちして仕組まれたこと。


 メルシィという公爵家令嬢を、皆の目の前で叩きのめそうと行われる見世物が今から始まろうとしているのだ。


「無論そちら側もか弱い公爵令嬢です、代理人を立てたいというのなら認めましょう」


 メルシィの代理人をしてくれる実力者などいないことなどわかっているはずだ。

 その全てを理解した上で、セシリアの隣にいる男子生徒は笑う。


 自分が企んだことが上手くいったときに人が見せる、薄暗く影のある笑い方だ。


 メルシィは周りの人間に見えぬよう、小さく拳を握った。


 公爵家の人間として育てられてきた彼女に、人前で流す涙などというものは存在しない。

 故にどれだけ酷い目に遭わされようと、辱めを受けようと、心の内は決して表には出してはいけないのだ。


 けれど先ほど父を馬鹿にされたことにより、その教えを破ってしまった。


 怒りからか恥ずかしさからか、それともこんな目に遭わされる悲しみからか。


 久しく感じていなかった幾つもの感情が一気に溢れ出す。

 今すぐにでも人目のないところへ行ってしまいたくなる気持ちを、グッとこらえた。


 今の彼女にできることは、耐えることだけだった。


 一度破られた仮面は、そう簡単には修復できない。

 気が付けば彼女は、無意識のうちに地べたに座ってしまっていた。


 既に学園の中に、私の味方はいない。

 だって私は家の権勢を欲しいままに振るっていた、落ちた公爵令嬢としか思われていないのだから。


「まぁ、今のあなたの側に立ってくれるような奇特な人物でもいれば―――」

「はいはーい! 俺立候補しまーす!」


 ざわっ、と生徒達が色めき立つ。

 一体どこのバカが手を上げたのだと、皆の視線が人混みの中でピンと上げられている腕へと集まる。


 そこにいたのは―――灰色の髪をした一人の少年だった。

 誰だあいつは、などという声は上がらない。

 良くも悪くも、彼は学園の有名人のうちの一人だったからだ。


 彼の名はアッシュ―――姓を持たぬ平民でありながら、魔法学院へ入学した秀才。


 だが現在学院に二人いる平民について語る場合、彼は所謂じゃない方として語られることの方が圧倒的に多かった。


 もう一人いる平民の名はライエン。

 平民でありながら溢れる魔法の才能から、なんと王から直接入学の推薦を受けた、特待生であり成績ナンバーワンの超絶エリートだ。


 同級生である第一王女イライザからも才を褒められたライエンの影に隠れ、アッシュについて語られることはほとんどない。


 その素行の悪さや度々授業を抜け出す態度の悪さから、これだから平民は……などという平民蔑視のやり玉に上げられる時にしか名前の出てこない生徒だ。




「バッカじゃねぇのお前ら。もう一回言うよ、バッッッッッッッッッカじゃねぇの!」



 アッシュは膝から崩れ落ち、女の子座りで廊下にへたり込んでいたメルシィを庇うように前に立った。

 彼はポケットから手を出して、こうジェスチャーした。


 お前ら頭が、くるくるぱー。


 それに激昂する生徒達を煽るだけ煽り、続きは決闘でと強引に話を打ち切る。


 彼はそのままにぱっと笑って、後ろにいるメルシィの方を向く。


 だがその瞬間、今生徒達に喧嘩を売った人と同一人物とは思えないほどに、彼の挙動は不審なものに変わった。


「だ……大丈夫だった? ごめん、ホントならこんなことになる前に助けられ……いやでも、まさかこんな短慮に出るだなんて思うはずが……」


 後ろを向いたは良いものの、メルシィの目を見て話すことができずに視線は彼女の手首から足先までをふらふらとさまよっている。


 そして何故か顔を真っ赤にしたかと思うと、ぶつぶつと意味がわからない言葉を話し始めた。


 やっぱりこの人は、変な人だなぁと内心で失礼なことを考えるメルシィ。

 モ――アッシュさんは会ったときから、何も変わらないまま。

 彼はやっぱり、強いけど……変な人なのだ。


「あ、あのっ!」

「わっ、わひゃいっ! なななななんでしょう!?」

「どうして……?」


 どうして、私を助けたの?

 どうして、私の側へ来てくれるの?

 どうして、生徒達に喧嘩を売るの?

 それにどうして……そんなに挙動不審なの?


 様々な意味を含んだ質問を受け、彼女の瞳に宿る複雑な色を見て取ってから、アッシュはうむむと唸った。


 まるで二人以外に他の誰もいないかのような態度で、彼は頭を悩ませている。


 周囲も取り合うのが馬鹿らしくなったのか、先ほどまであった喧噪はすっぱりと止んでしまっている。


「それは俺が……」

「あなたが……?」

「俺が……君を助けるためにこの世界にやって来たから、かな?」

「なっ、えっ……っ!!」


 それって告白、というかプロポーズでは……とメルシィの頭は一瞬で沸騰する。


 そういったアピールに対して慣れていないからか、彼女は顔を真っ赤にしながら俯かせてしまう。


 だが不思議なことに、キザったらしいセリフを吐いたアッシュもまた顔を赤く染めてそっぽを向いていた。


 周囲の人間はどうやらアッシュが懸想してるらしいぞと、彼のことをはやし立て始めた。


 二人をバカにするような雰囲気の中、恐らくはアッシュと戦うことになるランドルフだけが彼のことをじっと見つめ静止している。

 自分が戦うことになる相手を、じっくりと観察しているのだろう。


「これは忠告だけど、過ぎた思いは身を滅ぼすよ。殺しはしないが、止めておいた方が身のためだ」

「……ははっ、その言葉そっくりお前に返す。行こうぜ、ボコボコにしてやるからよ! もう俺を縛るフラグはない、ここから俺は自由に生きる! お前程度のモブに時間はかけてられないわけ」


 アッシュは周囲の人間には何を言っているかさっぱりわからない言葉を連発していた。


 だが周りに伝わらないのは当然のことだ。


 何故なら彼が今語っているのは全て――前世で彼がやっていたゲームに関する話なのだから。

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