エピローグ


 ――そして、アッシュがライエンに勝ったあの日から、三年の月日が経過した。




 本来なら特待生枠として入学するはずだったライエンは、国王からの推薦枠という原作よりレアなパターンで入試を突破し、一枠空いたそこを狙ってアッシュは無事特待生枠に入ることができた。


 あれ以降、アッシュは王やリンドバーグ辺境伯といった国の重鎮達と関わるようになった。


 誰からも目立たないように行動を制限しようとするのは止めて、一部の人間には自分の力と知識を見せることにしたのだ。


 おかげで彼らからの信頼も篤く、今では彼らから直接頼み事をされるような間柄になることもできている。


 ただ皆に知られ、ライエンのようにチヤホヤされるのも嫌だったので、アッシュは学校では無能なフリをして過ごしている。


 ライエンが光なら、自分は影でいい。


 そう割り切って、アッシュは裏方に徹した生き方を続けていた。


 そうなった方が、魔王討伐後に自由が利くだろうという打算も込みで。


 そのためアッシュは生徒達皆から馬鹿にされており、教師達の評判も基本的にはすこぶる悪い。


 学校内でアッシュの実力を知っている生徒は、それほど多くない。


 何故か未だに彼をライバル視し続けているライエンや、とあるきっかけで仲良くなってしまった王女のイライザ。


 あとは自分から名乗ったメルシィと、ライエン経由で話を聞かされているスゥくらいだ。


 そのためアッシュは今、知る人ぞ知る陰の実力者になっている。


 学院をサボっているのも、大抵は頼まれた依頼が原因だ。


 当たり前だが、アッシュはメルシィと同じ学院に通える機会をふいにするなどという、もったいないことをする男ではない。


 だが学校に入って一年が経過した現在、彼はあの武闘会ぶりに有頂天になっていた。


 あれから修行を重ね、辺境伯の特派員として王国を自由に行き来できるようになったことで、アッシュは更に強くなった。


 レベルアップを重ね、魔法を覚えまくり、剣技も冴えを増した今の彼は既に、チートキャラと伍するほどの実力を有していた。


 そしてそこまで万全の準備を整えて、既に七つの勇気スキルを自在に使いこなし始めているライエンと共に魔王軍幹部であるヴェッヒャーへ挑み……実にあっさりと勝利した。


 既にアッシュやライエンの実力は、原作とは及びもつかぬところまで上がっていたのだ。


 最初はこんなにあっさり終わるならそこまで頑張らなくてよかったんじゃ……と思ったりもしたが、これで自身の死亡フラグはようやくたたき折れたのだからと、気にするのはやめにした。



 そして悠然と帰ってきたら、自分が防いだはずのメルシィのイジメの場面に遭遇したのである。




 公爵に間接的に忠告をしてきたおかげで、ウィンド家が隣国の帝国と内通をすることはなくなった。


 原作の修正力でも働いたのか、公爵家が批難される展開にはなった。


 だが発覚したのは内通ではなく汚職であり、罰則もそれほど重くはなかった。



 一年もすれば公爵家の権勢も戻るだろう。

 その時、今していることのせいでどんな目に遭うか……そんなことも考えられぬ学園生達のバカさ加減には、呆れるばかりだった。




 ヴェッヒャーを倒し未来への切符を手に入れたばかりだというのに、なんだか水を差された気分だった。


 その鬱憤を晴らそうと、アッシュは学校にある闘技場に立っていた。


「うっし、やるか」

「……いいだろう、どうなっても知らないからね」


 アッシュの向かいにいるのは、ランドルフという学院生の一人だ。


 成績はたしかライエンとイライザに次ぐ三番手で、なかなかの実力者だったはず。


 ただ実力者といっても、所詮は学院の中だけでの話だ。


 学院の枠に囚われないアッシュの敵ではない。


「やれー! 公爵令嬢の鼻を明かしてやるんだ!」

「気にくわない庶民なんかぶっ倒せ!」

「が、がんばれー……」


 基本的にはアッシュとメルシィへの罵詈雑言ばかりだったが、人間の限界を超えた聴力を持つアッシュには、その中に隠れてしまっていたメルシィの応援の声を聞き取ることができた。


(メルシィからの声援があれば、俺はいくらでも頑張れる!)


 アッシュは闘志をみなぎらせながら、魔法決闘(マジカルデュエル)が始まるのを待った。


 魔法決闘のルールは簡単だ。


 両者が指定されたステージ上で魔法をぶつけ合い、気絶するか吹っ飛ばされた方の負け。


 制限時間を過ぎても試合が終わらなかった場合は、足下に引かれている線を参照して判定で勝者を決める。


 魔法決闘だと、魔法剣士であるアッシュの力の半分が封じられたようなものだったが、既にレベルも五十に近い今のアッシュからすれば関係ない。


 彼は野次を飛ばすたくさんの生徒達を見回して、それから自分のことを見つめているメルシィへ目をやった。


 彼女は心配はしていないようで、毅然とした顔で自分の方を見つめている。


 やりすぎないようにという彼女の思いが、言葉にせずとも伝わってくる。


 諾意を示すためにぺこりと軽く頷いてから、相手のモブへと向き直る。


「「「試合開始!」」」


 思い返すと、実戦ではない試合を誰かとするのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。


 よくよく考えてみると、恐らく三年近く前のライエンと初めて戦った武闘会以来かもしれない。


 なんだか懐かしい気持ちになりながら、魔法を発動させようとするランドルフへ右手を向ける。


風魔法の弾丸ウィンドブリット


 ほぼノータイムで、風魔法を付与した弾丸が発射される。


 レベル五十を超えますます増しているアッシュの知力により凄まじいスピードで飛んでいく弾丸が、風の後押しにより更に弾速を増す。


 そしてランドルフが魔法を発動し終えるよりも早く、彼の腹部に当たった。


 知力の上昇は、魔法の速度だけではなく威力の上昇をも意味する。


 腹に当たった風魔法の弾丸はそのまま制服に着弾し、回転を加えながら更に前進。


 ランドルフの腹部をぶち抜いて、後ろへと突き抜けていった。


 弾はメルシィを笑っていた生徒の一人の頬をかすめる。

 そして土壁に当たったところで、その勢いを止めた。


「……」


 皆が皆、現実を飲み込めていなかった。


 既にステージにはアッシュしか立ってはおらず、腹部から出血をしているランドルフは気絶をし、白目を剥きながら仰向けに倒れている。


 試合の結果は誰が見ても明らかだったが、それを素直に受け取ることができずにいたのだ。


 ランドルフを倒したのはアッシュという落ちこぼれであり、彼は今回貶めるはずだったメルシィの代理人。


 だがそんな唖然とする者達の中で、動き出す者が二人居た。


 あくびをしながらステージを下りたアッシュと、彼へ駆け寄っていくメルシィである。


「どう、俺強いでしょ?」

「……やりすぎです、もう」


 メルシィはアッシュをたしなめようとしていたが、彼が怒っていた原因が自分を助けるためだとわかっているためか、その勢いは弱々しかった。


 二人は、知り合ってから三年近い月日が流れているにもかかわらず、全くと言っていいほどに仲が進展していなかった。


 アッシュは自分のような落ちこぼれが関われば、メルシィの体裁が悪くなるからと思い、自分からは話しかけなかった。


 たまに遠くからメルシィを眺めて、元気をもらっていた程度だ。


 メルシィは彼と何を話せばいいのか、考えあぐね、結局行動に移せなかった。 


 アッシュのアドバイスで公爵家の危機をどうにかすることができたが、そのお礼すら言えずじまいのままだったのだ。


 簡潔に言ってしまえば、二人ともが極度の奥手だった。


 仲は進展するどころか、下手をすれば三年前より後退しているかもしれない。


 正直なところ、今回このようなアッシュが前に出ざるを得ないイベントが起こらなければ、卒業するまでに話すらできてはいなかっただろう。


「アッシュさんは……」

「うん、なに?」

「やっぱり強い人、だと思いますわ」

「そうかな……?」


 アッシュという人間は、相変わらず自己評価の低い男だった。


 彼は前世の知識を持っている人間なら、自分と同じことくらいはできると、当然のように思っている。


 自分のやり方はかなり下手くそだと思っているし、もう少しやり方があったのではと反省ばかりの毎日だった。


 だがメルシィからすれば、アッシュは自分が目指すべき憧れに近かった。


 あれだけの強さを、彼は自分と同じ年齢で手に入れている。


 それもライエンのような固有スキルの力ではなく、完全に彼自身の力だけでだ。


 アッシュはいったい、どれだけの困難を乗り越えてその場所へ至ったのか。

 メルシィには想像することもできなかった。


 学院の特待生について話をする時、ライエンの方がアッシュよりもはるかに人気は高い。


 ライエンは眉目秀麗で品行方正。

 対してアッシュはその真逆だ。


 だがメルシィは世にも珍しい、アッシュ派の人間だった。


 もちろん彼の強さを知っているから、というのもある。


 スキルではなく己の力でライエンと激闘を繰り広げたあの武闘会年少の部の戦いは、今もなお彼女の脳裏に強く焼き付いている。


 だが彼はそれだけ強くなったにもかかわらず、基本的には傲らずへりくだった態度を続けている。


 態度自体は悪いけれど……増上慢になるのはさっきのように、誰かのために怒る時くらいだ。


 だからメルシィは、できることならアッシュともっと仲良くなりたいと思っていた。


 図らずもそこの部分に関しては、両者とも意見が一致していたのだ。


「じゃあ今から……喫茶店でも行く? 虎茶とか」

「まぁ!」


 今まで一度も行ったことのない、一見さんお断りの会員制の高級喫茶だ。

 思わずパンと手を叩いた彼女を見て、アッシュが少しだけ得意そうな顔をする。


「ちょっと縁があってね、あそこの店主には顔が利くんだ」

「そうですね、それじゃあ行きましょうか。早くしないと、ゆっくり楽しめませんもの」

「だね、さっさと行っちゃおう」


 アッシュは自分の手を見て、それからメルシィの手を見て、両者を見比べてからそっと手を前に出した。


 それは王国流の、あなたをエスコートしますというサイン。


 メルシィは顔を真っ赤にするアッシュを見て笑いながら、自身も頬を少しだけ染めて彼の手に自分の手を乗せる。


 彼女の視界の端には、アッシュの強さを間近で見て恐れおののいている生徒達が見える。


 その中には、自分の父を侮辱し決闘騒ぎを起こさせた、張本人のセシリアの姿もあった。


 一度立ち止まり、約束通り謝らせようかと思ったが―――やめておいた。


 先ほどまでひどく落ち込んでいたはずの気持ちは、羽根のように軽かった。


 メルシィは今の気持ちに、水を差したくはなかった。


 どうせそう遠くないうちに、家にせっつかれて自分から謝りに来るはずだ。


 その時がやってくるまでは、彼女には反省してもらうことにしよう。


 自分の周りは敵ばかりだと思っていた。

 自分の味方は一人もいないとばかり思っていた。


 だがアッシュが助けてくれた。

 隠していたはずの力を見せてまで。



 メルシィはアッシュに連れられて、闘技場を後にする。


 やってきた時とは正反対に、今の彼女の気持ちはとても晴れやかだった――。

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