第45話 これは多分デート……です

 お昼ごはんを食べ終わってしまうと、正直何もやることがなかった。魔石の粉末入りの絵の具がなくなってしまったから、絵を描いて時間を潰すことも出来ない。


 仕方がないので村を見て回ることにした。

「ご一緒させていただいてありがとうございました。この後村を見て回ろうと思いますので、ここで失礼しますね。」


 そう言って、立ち去ろうとしたのだけど、

「そういうことなら、俺が案内してやろう。

 どうせやることもないからな。本を読んで時間を潰しているんだ。ちょうどいい。」


 とレオンハルトさまが立ち上がった。

「え?」

「会計してくれ。」


「はい、銅貨5枚です。」

「じゃ、これで2人分だ。」

 レオンハルトさまがカウンターで、食事の代金を2人分支払ってしまう。


「あ、私の分を……。」

「いい。大した金額じゃない。」

「でも……。」


「気になるなら、次会った時に奢ってくれ。

 それでチャラだ。」

 と笑った。


 爽やかに相手に負担をかけずに奢る方ね。

 そうは言っても、次に会った時にも、私に奢らせてはくれないんでしょうね。

 私は素直にお礼を言った。


「さて、腹も膨れたことだし、行こうか。」

「はい。」

「と言っても、さして見るとこはないがな。

 狭い村だ。」


 私はレオンハルトさまと並んで歩きながら、のんびりと村を見て回った。

「このあたりが共同の畑だ。イチゴを育ててる。中を見せてもらうか?」


「見られるんですか?ええ、ぜひ!」

 イチゴが木になっているところを見てみたいわ!どんな感じなのかしら。


 アーチ型の透明な屋根と壁で仕切られた小さな小屋がいくつも並んでいて、そこで作業をしている人に、レオンハルトさまが声をかけ、見学の了承を取ってくれた。


「わあ……!暖かいんですね……!」

 だいぶ暖かい季節ではあるけれど、それでも風が吹けば少し肌寒いくらいだ。

 だけど小屋の中はとても暖かかった。


 空中に浮かぶように作られた、細長い陸橋のようなものに、イチゴの苗を植えた鉢が並べて置かれていて、これを畝と呼ぶらしい。


「透明な壁が雨や風をさえぎって、太陽の熱だけ通す仕組みなんだそうだ。これで冬でも中が暖かくなって、イチゴがなるんだと。」

「へえ……。」


「時期をずらして苗を植えているので、その気になれば毎月イチゴが採れるんですよ。」

 農夫さんが教えてくれる。

「そうなんですか?凄い!」


「そこまでやるには、もう少し作付面積が必要ですし、他の作物も村では育てていますから、人手が足りません。今のところは将来の夢、という感じですね。」


「それでも冬にイチゴが食べられるのは、凄いことですわ。研究なさったんですね。」

「ぜんぶヨハンの仕事なんですよ。このやり方もヨハンが見つけてきたんです。」


「本当に凄いですね。」

「ええ、ヨハンは凄い奴です。なんだかんだ村の人間をまとめちまいましたからね。最初は共同農場なんてって声もあったんだが。」


「ヨハンに従ってりゃ、普通より儲けられるってのがわかっちまったからだろう?」

「ええ。ヨハンが正しいのは、あいつの畑を見ていたらわかりますからね。」


 アンは本当に凄い人を夫にしたのね。

 それにしても木で熟しているイチゴがたくさんなっている状態は壮観だわ。

 それにとてもかわいらしくて、きれいね。


「直接なってるやつを、取って食べてみますか?好きなのを選んで構いませんよ。」

「本当ですか?」


「なら、勝負するかい?1番大きくて甘いイチゴを選んだほうの勝ちだ。」

「いいですね、負けませんよ!」


 私とレオンハルトさまは、大きくて甘いイチゴ探し対決をすることになった。

「時間は5分間だ。よーい、スタート!」


 レオンハルトさまと私が、畝を挟んで反対側をそれぞれ歩きながら、真っ赤なイチゴをじっくりと見て回る。よく見ると木じゃなくて、苗から伸びたつるになっているのね。


 これも割と大きくて赤くて甘そうね……。でももっと凄いのがあるかもしれないわ。とりあえず記憶しておいて先に進みましょう。


 あれでもない、これでもない、と見比べつつ進むうち、1番大きくて甘そうな、真っ赤なイチゴを見つける事ができた。

 これだわ……!


 農夫さんからお借りしておいたハサミで、根本の少し上を切り取った。

 可愛い可愛い私のイチゴ。

 あなたなら絶対負けないわ!


「どうだ?いいのが見つかったか?」

 畝の向こうからレオンハルトさまの声がする。顔を上げると、葉っぱの隙間から顔を出してこちらを覗いているのが見えた。


「ふふふ。いいのが見つかりました。

 絶対負けませんよ!」

「ほう、ならこっちも頑張らないとな。」

 そう言ってまた消えていった。


 畝の1番最後まで気を抜かずに、1番大きいイチゴを探したけれど、やっぱりさっきのものが1番大きなイチゴのようだった。


「さて、ここが最後だな。

 さっそく大きさを、比べてみようか。」

「ええ!これです!」


 私が出したイチゴと、レオンハルトさまが出したイチゴを、お互いの手のひらの上に乗せて比べてみる。


「大きさはそんなに変わらないような気もするが、若干嬢ちゃんのほうがデカいな。」

「そうでしょう!頑張りましたもの!」


「だが肝心なのは味だな。さっきみたく食べてみたら酸っぱいってこともあるからな。」

「じゃあ、さっそく食べてみましょう!

 んっ、あまい……。美味しいです……。」


「こっちも甘い。美味いぞ。

 こりゃ、勝負は嬢ちゃんの勝ちだな。」

「ふふ、頑張りましたから。」


 ニコニコしている私の唇から、イチゴの汁をスッと指先で拭って微笑むと、

「確かに、すごく甘そうだ。」

 私の唇を見つめてそう言った。


 イチゴ、じゃなくて、私の唇が甘そうと言われている気分になって、思わずドキッとしてしまう。ほんとに悩ましい人ね。


「……こ、こんな風に、イチゴを直接取って食べられる場所があるといいですね。平民も貴族も、娯楽は少ないものですから、きっと人気が出ると思います。」


「客が入って土が荒らされるのはなあ……。

 人がたくさん入ると土が固くなるんだ。」

「作付面積を増やすなら、納品する物を作る場所とお客さんを入れる場所をわけてはどうですか?観光客用を専用に作るんですよ。」


「……確かに、それならいいかも知れん。

 観光客が来るなら、土産物だったり、新しい商売も始められるようになるだろう。

 さっそくヨハンと相談だな。」


「ええ、きっと人気が出ると思いますわ。

 家族で来たり、友人と来たり、こんな風にデート……したり……。」


 デート、と言ってしまってから、ハッとする。私、レオンハルトさまと、デートしている気分だったのかしら?


「そうだな、いいんじゃないか?恋人とイチゴを食べにくるデートってのも。」

 レオンハルトさまがニヤリとする。


「い、今のは聞かなかったことにしてください……。ごめんなさい恥ずかしいことを。」

「そうか?まあ構わんが。」


 気にしないそぶりでそう言うと、レオンハルトさまは、他を案内しよう、と小屋の外に出るよう私をうながした。


 農夫さんに2人でお礼を言って、透明な小屋をあとにする。次に案内してくれたのは小さな泉だった。素敵……!たくさん花が咲いていて、木漏れ日が泉に差し込んでいるわ。


 とても幻想的な雰囲気ね。この村にこんな場所があったなんて。次に絵の具が手に入ったら、ここでも絵を描いてみたいわね。


「ここなんて、絵を描くのにいいんじゃないか?嬢ちゃんが好きそうだと思ってな。メルティドラゴンの花畑も気に入ってただろ?」


「ええ、こういう場所、とても好きなんです。

 よく人を見てらっしゃるんですね。」

「別に誰でも見てるわけじゃないがな。」

「え……?」


 思わせぶりなことを言いながら、地面にしゃがみ込んで、足元に落ちていた小石を拾って泉に放り投げ、水面に波紋を広げるレオンハルトさま。風が拭いて、反対側から風が作った波紋と重なり、美しい重なりを見せた。


「きれい……。」

「こういう遊びは初めてか?

 子どもの頃は、よくやったもんだが。」


「ええ、試したことがないです。波紋って重なると、こんな風になるものなんですね。」

「これが不思議で面白くてな。

 よくやったもんだ。」


 再びしゃがみ込んで地面から石を拾うと、

「やってみるか?水面が少し落ち着いたらやろう。俺もやるから3つ重ねてみよう。」

 と言った。


 先程の波紋が落ち着くのを待って、私とレオンハルトさまが、それぞれ別の場所から小石を投げる。すると風が作った波紋に重なるように2つの波紋が広がって、更に美しい波紋の重なりを見せてくれた。


「きれいだろう?」

「ええ。とても。ありがとうございます、連れて来て下さって。あのまま家にいたら、こんな遊びも知ることはなかったわ。」


「これからいくらでも知れるさ。」

 風が少し強くなって、私は身を震わせた。カーディガンを羽織っているのだけれど、イチゴのなっていた透明な箱の中と比べると、ここはあまり日が当たらなくて肌寒かった。


「──風が強くなってきたか。

 それじゃ寒いだろう、これを羽織んな。」

 そう言って上着をかけてくれた。


 上着に残ったレオンハルトさまの体温と、体臭がほんのり香ってきてドキドキした。

「ありがとうございます……。」


「どうする?もう少しやってみるか?」

「やってみたいですね。

 もっと大きな波紋を作ってみたいです。」

「よし、小石を探そう。」


 私とレオンハルトさまは小石を拾って、それを泉をぐるりと取り囲むように、順番に小石を投げて波紋を作ってみた。


 泉の中心に向かって、波紋があちこちから広がっていき、やがて中央で重なった。

 それはとても不思議な光景だった。

 少なくとも、私にとっては。


「ふふ……。凄いですね。」

「俺もここまでやったのは初めてだ。」

 レオンハルトさまが微笑んだ。


「それで、これはデートでいいのか?」

 急に真面目な顔をして、レオンハルトさまがそう尋ねてきた。


 さっきの大きくて甘いイチゴ探しゲームの次は、きれいな泉で小石を投げて遊んで。

 こんなの、デート以外のなにかじゃない。


「そう、ですね、いいと、思います……。」

 私は恥ずかしくなりながら、段々とか細くなる声でそう答えた。


「そろそろ工房にでも行ってみるか?」

「そうですね、画材や絵を見て時間を潰そうかしら。画材は見ているだけでワクワクしますし……。」


「よし、そうしよう。何せ小さな村だから、案内出来るところが少ないもんでな。」

 私はレオンハルトさまの上着を借りたまま、林を抜けて村に戻った。


 工房の入口で、

「工房の中は暖かいと思いますから、上着をお返ししますね。」

 と、上着を軽く折りたたんで手渡した。


 レオンハルトさまが上着を着直して、2人で工房の中へと入った。

「いらっしゃい。」

 工房長の声がした。


「ああ、ちょうど良かった、探しに行こうかと思っていたんですよ。」

「レオンハルトさまの案内で、村を見て回っていたんです。すみません家にいなくて。」


 なにかご用事でしたか?と聞くと、

「実は、ここに飾る絵をお願いしようかと思っていましてね。──ここです。」


 そう言って、2階に通じる中央階段の正面を手で指し示した。

「え?あんな目立つ場所に、私の絵を?」


「ええ。工房にゆかりのある画家に描いてもらおうと考えていたんだが、それにはあなたの絵が最適じゃないかと思いましてね。

 100号サイズで。お願いできますか?」


「……私より、アデリナ嬢のほうがよろしいのでは?アデリナブルーを作っている工房ですもの。ゆかりがあると言えば彼女では?」

 私は困惑しつつそう答えた。


 100号がどのくらいの大きさかはわからないけれど、恐らくとても大きな絵だろう。 

 そんな大きな絵を、アデリナ嬢をさしおいて、私が描くなんてだいそれたこと……。


「あなたはこの工房が見つけた画家です。

 私はあなたが誰よりふさわしいと思う。

 ──……描きたいか、描きたくないかで言えば、どちらですか?」


「……描きたいです。1枚でも多く。」

 はっきりとそう言った私に、工房長はニッコリと微笑むと、


「では、画材は当工房より支給します。期日は3ヶ月後。代金は家賃1年分、でいかがですか?高名な画家に出すような金額は出せないので、これがうちの精一杯ですが。」


「そんな……。とんでもないです。」

 家賃1年分といえば、大金貨約1枚分だ。

 そんな大金で私の絵を買ってくれて、おまけに画材屋の1番目立つところに、飾って通年置いてくれるというの?


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