第27話 独りぼっちのドラゴンの子ども

「大丈夫だ。ドラゴンのブレスは精霊寄りの魔法だから、魔法騎士団が使う魔法とは理が違う。植物は燃やせないのさ。」

「まあ!すごいですね!

 自分たちの住処だからでしょうか?」

「──いや?多分違うんじゃないか?

 アビスドラゴンは岩山に住んでいるが、ブレスで岩山を破壊するしな。」


 岩山を……、ブレスで破壊……。やっぱりドラゴンってすごい生き物なのね……。

「でも、ドラゴンというのは、プライドが高くて人間をあまり好まない生き物なのだと伺いましたが、よく撫でられましたね?」

「時々餌を持って来ていたからかもな。それにあの子は俺の作るクッキーが好きでな。」


「──クッキーを食べるんですか?

 ドラゴンが?」

「ドラゴンは雑食だからなんでも食べるぞ?

 肉も野菜も、それこそなんでもな。」

「餌をあげたら、私でも仲良くなれるでしょうか?私……、出来ることならば、あの子とお友だちになってみたいです。」


 私がレオンハルト様にそう尋ねると、

「あの子の分も持って来ているから、試しに手から直接クッキーをやってみるか?

 あの子が食べるかは分からんが。」

 確かに、いくらレオンハルト様が近くにいらっしゃるとは言っても、初対面の私の手から食べるとは思えないわね……。


 でも、あの子はあんなに可愛らしいし、餌をあげてみたいわ。絵から召喚しなくても懐いてくれたら嬉しいんだけれど……。

 絵から召喚しないと、子猫のザジーは私に懐いてはくれなかった。絵から出てくれば懐いてくれても、それ以外だと冷たいというのは、なんだか寂しく思えてしまう。


 そう思いながら夢中で絵を描いている間、メルティドラゴンの子どもは少しも身動せずに瞼を閉じていた。だいぶ日が高くなり、そろそろ昼飯にしないか?と、お腹をおさえて眉を下げたレオンハルト様に言われて、かなり時間が経っていたことに気付く。


「ごめんなさい、こんなに時間をかけるつもりじゃなかったので、何も持って来ていないんです。今日はもう帰りましょう。」

「いや、だいじょうぶだ、俺があんたの分も持って来てる。」

「……まさか、それも手作りですか?」


「──そうだが?」

 レオンハルト様が当たり前のように言いながら、荷袋からお弁当らしきものを荷袋から取り出している。

 ……本当にこの方、どうして料理人を志さなかったのかしら……。


 レオンハルト様は改めて紅茶をいれると、

「ほら、食べよう。」

 紅茶の入った木のマグカップと、木を編み込んだような小さな箱を手渡される。

 遠征の際の携帯用食料入れなのだそうだ。

「ありがとうございます。」


 私はお礼を言うと、木を編み込んだような小さな箱の蓋を開けた。中にはサンドイッチが入っていて、具はハムとレタスのものと、木苺のジャムのものと、ナッツとチーズとベーコンのものと、卵サンドで、どれもとても美味しかった。こんなにふっくらとしたパンは、ロイエンタール伯爵家でも、食べたことがないかも知れない。


 料理が出来るというのはいいわよね。私もメッゲンドルファー子爵家にいた時は、貧乏であまり使用人を雇えなかったから、料理や菓子作りをしても何も言われなかったけど、ロイエンタール伯爵家のお飾りの妻は、自由に厨房に入ることすらままならないから。

 自由になれたら最初に料理がしたいわ。


「──メルティドラゴンの子ども、最初に見た時のまま、全然動きませんね。」

「ああ。俺がいるから安心してるんだろう。

 俺が来るといつもこうして森から出てきてくれるんだ。かわいい奴さ。」

 レオンハルト様は目を細めてメルティドラゴンの子どもを見つめた。


「レオンハルト様がいらっしゃらない時は、どうしているのでしょうか?」

「森の奥の方に行ってしまうな。普段はそこまで奥には行かないんだが……。

 たまにかなり奥のほうに餌を探しに行った時は、出てこないこともあるが。」


 ニオイが届かないか、のんびりしていそうだから、足が遅くて間に合わないのかしら?

 森から出てきたところに気が付かなかったのか、ニオイに気が付いて先にこの場にいたのか。どちらかは分からないけれど、レオンハルト様は相当慕われているみたいね。


「ずっと可愛がってらっしゃるんですね。そういえば、この子の名前はあるんですか?」

「いや、特に決めてはいないが。」

「そうなんですね。」

 私ならすぐに名前を考えてしまうところだけれど、男の方は違うのね。ずっとメルティドラゴンの子どもって呼んでいるのかしら。 


「別につけてもいいぞ、名前。

 呼びたい名前で呼んでくれ。」

 レオンハルト様がそう言ってくれる。

「レオンハルト様をさしおいて、そんなこと出来ませんわ。お気持ちだけいただいておきます。ありがとうございます。」


「そうか。まあ、お前さんがそれでいいなら別にいい。こいつは自然界にいるものだからな、俺が飼ってるわけじゃないから、なんとなくそんな気にならなかっただけだ。

 ──デザートにどうだ?

 さっきのとは違うクッキーだ。」

 と言って、レオンハルト様がクッキーの入った新しい小袋を取り出した瞬間だった。


 先程まで寝ていたメルティドラゴンの子どもが、突然体を半分起こしたかと思うと、

「アギャア。」

 と鳴いてレオンハルト様を見た。私はそれを見て思わずビクッとしてしまう。

「お前の分もちゃんとあるぞ。そんなところで寝てないで、こっちに来い。」


 レオンハルト様がそう言うと、メルティドラゴンの子どもは、のそりと起き上がって、ゆっくりとこちらに近付いて来た。

「──直接やってみるか?」

 そう言って、レオンハルト様が私に、メルティドラゴンの子ども用のクッキーを渡す。


 ちなみにお砂糖がちょっぴりだけの、ジンジャークッキーだそうだ。普通に作る時は、かなりタップリとお砂糖を入れるものね。

 自然界にはそこまで強い甘みの食べ物はないから、さすがに普通のお砂糖入りは、甘過ぎるということなのかも知れないわ。


「ほら、こっちにおいで?」

 膝をついて腰を浮かせた体勢のまま、怖くないよ~、とクッキーを持った手を差し出すけれど、やっぱりまだ信用してくれていないようだ。じっと様子を伺ったまま、途中で立ち止まり、こちらに近付いても来ない。

 ううん、どうしたら仲良くなれるかしら?


「一緒にやってみるか。」

 そう言うと、レオンハルト様が後ろから覆いかぶさるようにして、私の手にご自分の手を重ねて添えながら、私と一緒にメルティドラゴンの子どもにジンジャークッキーを差し出した。ちょっと……、無頓着が過ぎるわ!

 レオンハルト様との距離が近過ぎて……。


 私は高鳴る鼓動がレオンハルト様に聞こえてないか、私の背中にレオンハルト様の胸が少しでもついたら、直接伝わってしまうんじゃないかと、そちらにばかり気を取られてしまっている間に、メルティドラゴンの子どもは、のそりとこちらに近付いて来て、私の手から直接クッキーをパクリと食べると、私の手についた粉をペロペロと舐め始める。


 パクリと指ごとクッキーを食べられた時は驚いたけれど、歯がないのか、不思議な感触が心地よい。メルティドラゴンの子どもは、私を見上げて、アギャア、とお代わりを要求した。黒目いっぱいのお目々が愛らしい。

 こうして見ると、ドラゴンというのは、とっても可愛らしい生き物だった。


 撫でてみたいかも……。でも、だいじょうぶかしら?触られるのは嫌かも知れないし。

「レオンハルト様、ちょっとこの子に触っても大丈夫ですか?撫でてみたくて。」

 そう言うと、レオンハルト様はちょっと私を見て目を丸くした。

「俺以外でドラゴンを撫でようって奴がいるとはな。ああ、優しく撫でてやるといい。」


 私は恐る恐るメルティドラゴンの子どもに近づいた。そして、ゆっくりと手を近づけていくと、メルティドラゴンの子どもが、イタズラするかのように鼻先でツンっと突いた。

「きゃっ!」

 びっくりして思わず尻もちをついてよけると、メルティドラゴンの子どもが、急に後ろに下がってお尻をフリフリしながら助走をつけて、私を追いかけるように走り出した。


「きゃあっ!ちょっ、ちょっと待って!」

「おい、落ち着け。」

「きゃあっ!?」

 レオンハルト様が私の腕を引っ張ってくれたおかげで、私はメルティドラゴンの子どもの突進をさけられたけど、そのままドサリとレオンハルト様の上に倒れ込んでしまう。

「あ、ありがとうございます……。」


 レオンハルト様を押し倒すような形になってしまい、慌てて起き上がって体の上からどいた。私は真っ赤になる顔をレオンハルト様に見せたくなくてうつむいたけど、視界の端に、髪をかきあげながら私を見上げている、視覚の暴力のような、艶っぽいレオンハルト様の姿が目に入ってドキドキする。


「まったく、お前さんは本当にそそっかしいな。これじゃ目が離せんよ。」

 レオンハルト様に呆れたようにそう言われてしまって、申し訳ありませんと言うしかなかった。普段はこんなに落ち着きがないほうじゃないのに……。

 もう……。レオンハルト様には、変なところばかり見られている気がするわ。


「もう、そんな風に追いかけて来なくても、あなたももう少し、ゆっくり近付いてくれたら、私は逃げたりしないのに……。

 急に人に向かって突進しては駄目よ?」

 私がメルティドラゴンの子どもに、めっ!と言うと、メルティドラゴンの子どもは、不思議そうに首をかしげて私を見つめていた。

 可愛いけれど、ちょっと乱暴なのかしら?


「遊んでいるつもりなんだろう。

 お前さん気に入られたみたいだな。」

 体を起こしつつ、レオンハルト様が笑う。

 そうなのかしら?だとしたら嬉しいけど。

 メルティドラゴンの子どもがのそりと近付いて来て、私の膝に前足を乗せてくる。


「撫でてもだいじょうぶだろ。」

 と言われて撫でてみると、メルティドラゴンの子どもは私に撫でられるに任せていた。

「可愛らしいだろ?」

 レオンハルト様がそう言ってくる。

「はい。本当に可愛らしいですね。」


 私はメルティドラゴンの子どもに視線を移して、優しく撫でた。メルティドラゴンの子どもも気持ち良さそうに目を細めていた。

 ドラゴンは群れをなさないというから、この子はここで独りぼっちなのだわ。寂しくはないのかしら。独りぼっちでご飯を食べて。話し相手もいなくて。……まるで自分のようだと、ドラゴンの子を撫でながら思った。

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