第29話 銀行口座の作り方

 ──バシィッ!!!!!

「ギャン!!」

「キャン!!」

 レオンハルト様に飛びかかったクロスウルフたちが、何かに叩きつけられたように弾かれると、そのまま地面に落ちて悶えている。


「こ、これは……?」

 私をかばうように立っているレオンハルト様の前に、巨大な魔法陣が展開されていた。

「この間、図書館で描いておいたんです。私は魔術科ではありませんでしたから、魔法を学んでいませんが、王立図書館におさめられている、魔導書を閲覧は出来ますから。」


 私の魔法絵は、描いたものを出すことが出来る。それなら魔法を絵に描けば、魔法を出すことが出来るのでは?と考えたのだ。

 魔法そのものを描くのが1番いいのだけれど、それは出来ないから、魔法陣を描くことにしたのだ。その為に図書館に行って、指定閲覧のかかった本を借りたのだった。


「……なるほどな。助かるぜ!!」

 レオンハルト様が、魔法陣ごしに、クロスウルフを次々と切り捨てる。飛びかかって噛みつくことしか出来ないクロスウルフは、いいようにマトになっているかのようだった。

 ボスが焦りだしたのがわかるわ。


 この魔法陣は、正面から来るものを通さないけれど、魔法陣の裏側にいる人の攻撃を通すことが出来るものなのよ。

 学ばなければ、魔法は使えないものとされているけれど、本来の魔法絵師は、描いた絵から魔法をだすことが出来るのだという。


 それなら、私にも出来るんじゃないかと思ったの。いくらレオンハルト様が護衛してくださるとはいえ、足手まといにはなりたくなかったから、事前に描いておいて、発動することを確認してあったのよ。やっぱり用意しておいて正解だったわね。


 私やメルティドラゴンの子どもの無事を確認したレオンハルト様は、急に厳しい顔になった。地面に倒れ伏していたクロスウルフが一匹、呻きながら起きあがってきたからだ。そしてこちらを威嚇するように前足を広げると、魔法陣の横を避けるように、うなりながら飛びかかってきたのだ!──シュンッ!!


 レオンハルト様に切り捨てられたクロスウルフが、キャン!と鳴いた。クロスウルフは起きあがることも出来ない。

 完全に死んでしまったみたいだ。

「ウォーン!!!」

 ボスが遠吠えをしたのが、退却の合図なのだろう、クロスウルフたちは再び森の奥へと逃げ帰って行ったのだった。


「ふう……。やれやれ、もうだいじょうぶそうだな。怪我はないか?」

「はい、レオンハルト様が守ってくださったので。私もこの子も無事です。」

 近寄って来たレオンハルト様に、メルティドラゴンの子どもが、アギャア!と嬉しそうに鳴いた。その鼻先をレオンハルト様が撫でてやる。


 レオンハルト様に懐いているようで、とてもうれしそうに目を細めるメルティドラゴンの子ども。可愛いわあ。

「立てるか?」

 そう聞かれた私は、いつの間にか地面にへたり込んでいたようだった。


「あ、はい、だいじょうぶで……、あら?」

 立ち上がろうとしてうまく立ち上がることが出来ず、ペシャッとそのままへたり込む。

 こ、腰が……抜けちゃったみたい。

 いやだ、恥ずかしい!

「だいじょうぶじゃなさそうだな。ほら。」

「えっ?」


 そして私はレオンハルト様に引き寄せられたかと思うと、私が抱いていたメルティドラゴンの子どもごと抱き上げられていた。

 メルティドラゴンの子どもは、嬉しそうにレオンハルト様にじゃれついているけれど、私はドキドキしてそれどころじゃなかった。


 人妻の体には不用意に触れてはならない決まりがあるから、イザーク以外で男の人に、こんなにしっかり抱きかかえられたのなんて初めてのことだ。そんなことを考えていたら目があったレオンハルト様ににっこりと微笑まれた。思わずドキッとしてしまう。


「あの、自分で歩きますから降ろしてくださいな……。」

「立てないんだろう?いいから大人しく、されるがままにしとけ。」

 私の願いもむなしく、そのままレオンハルト様に横抱きにされ、レオンハルト様がマジックバッグから出した馬に乗せられる。


 メルティドラゴンの子どもが、そんな私たちの姿を見て、とても嬉しそうにオシリを振っているのはなぜなのか。

 レオンハルト様は死骸に魔物が寄って来ないように、討伐証明部位になるんだと言い耳を刀で切り落として、残りの体を穴を掘ってそこに入れて、火をつけて燃やしていた。


 クロスウルフの体があっという間に燃えてしまい、そこにまた土をかぶせて火を消していた。こういう後始末が大切なのだそう。

 レオンハルト様は立てない私の代わりに、イーゼルや画材を袋にしまってくれた。

「もうだいじょうぶだ。お前も巣に帰りな。

 また遊びに来てやるからな。」

 そう言ってメルティドラゴンの子どもに手を振って、レオンハルト様は馬を走らせた。


 近くの村まで戻ってきた私は、レオンハルト様がクロスウルフを退治したことを、冒険者ギルドに報告するのを待っていた。

 冒険者ギルドの入口で、レオンハルト様に抱きかかえられたまま馬から降ろしてもらったけれど……。冒険者ギルドの入り口で目立ってしまった。いやだわ……恥ずかしい。


 私が立てるようになるまで、近くの宿で休もうということになって、レオンハルト様が宿の受付をしている間は、なんと片腕で抱きかかえられていた。左腕1本で私を抱きかかえつつ、右手でサラサラと宿帳にサインをするレオンハルト様。見られているのが恥ずかしくて、私は両手で顔を覆っていた。


「申し訳ありません、その……ご迷惑を。」

「なに、依頼主を安全に過ごさせるのが俺の役目だ。気にすることはない。」

 私をベッドに横たわらせて、その横に椅子を置いて座りながら、私を見守っているレオンハルト様に申し訳なくて顔が見れないわ。


「まだ立てないんだろう?横になってゆっくり休んだらいい。」

 そう言われても、そんなにマジマジと見られていたら、休むどころではないと思うの。

「なんだ?見られていると落ち着かないか?

 かと言って、そばにいないのもな。」


 ならこうしよう、と、マジックバッグから取り出した本を片手に、私から顔をそむけて本を読み出すレオンハルト様。

 確かに視線がこちらに向いていない分少しは落ち着くのだけれど、狭い部屋に2人きりの時点でソワソワすることに変わりはない。


 だけどこうして気遣っていただいているのだもの。休まないわけにもいかないわね。

 ……このまま家に帰らなくても済めばいいのにね。家に帰ることを考えると憂鬱になる。イザークとの夜が待っているから。

 そうだわ、魔塔のお金を受け取る為にも、早く銀行口座を作らなくちゃ。


 壁掛け時計の絵の魔法絵としての力を鑑定して貰ったら、その結果を伝えてくれることになっている。その時に私の魔法絵の力を使用する、契約書を交わすことになっているから、それまでにはなんとか出かけたいのだけど、私にはそう何度も外出は不可能だ。


 本当は早く絵を描き終えたら、銀行に立ち寄るつもりでいたのに、まさか腰が抜けるとは思っていなかった。思ったより私にとって魔物は恐ろしいものだったのだ。メルティドラゴンの子どもを魔法絵から召喚出来たとしても、他の魔物を絵に描くのは難しいかも。


 レオンハルト様も、魔物の絵は犯罪者に利用される可能性が高いから、売ることは望ましくないとおっしゃっていたものね。

 ……そうね、それなら騎士団だとか、問題のないところから依頼されない限りは描くことはないだろうし、描くとしたらそういう方たちに護衛ありきでお願いをすればいいわ。


 そうすれば安全とわかる状態で絵が描けるし、怖い思いをしなくて済むでしょうから、こんな風に腰を抜かすこともない筈よ。

 あくまでも初めて近くで見た魔物に襲いかかられて、恐ろしかったというだけだわ。

 私はよりにもよってこんな素敵な方の前で腰を抜かすという恥ずかしい出来事に、一生懸命心のなかで自分に言い訳をしていた。


 自分で寝返りが出来ないことが落ち着かなくて、ずっとモゾモゾとなんとか体を動かしているうちに、ようやく体が動くようになってきた気がする。今なら起きられるかも!

 えいっ!と力を入れて体を起こすと、なんとか腹筋で体を起こすことに成功した。


 急に起き上がった私を見て、驚くレオンハルト様。本を閉じてベッドの脇の、水差しの置かれたチェストの上に置き、もうだいじょうぶなのか?と尋ねてくれる。

「はい、もうだいじょうぶです。ご心配をおかけしました。ありがとうございます。」


 ベッドの上に起き上がってお礼を言う。

「もう少し休んでいたほうがいいんじゃないのか?俺のことは気にしなくて構わん。」

 ベッドから出ようとする私を制して、レオンハルト様が私をまた寝かせようとする。

「いえ、銀行に行きたい用事もありますし。

 そろそろ起きませんと。」


「──銀行?」

「はい、魔塔からのお金を受け取れるようにしたくて……。」

「ああ。ならもう行かないとまずいな。

 また倒れてもいけないから付き添おう。」

「いえ!そこまでしていただくわけには!」

「そうは言うが、お嬢ちゃん、銀行口座の作り方なんて知ってんのか?」


 そう言われると、確かにまるで知らない。

「口座決済も使えるようにしたいのなら、専用の道具を先に購入して、窓口に持って行ったほうが手間にならなくて済むが。」

「あの……その、教えていただけますか?」

「ああ、もちろん構わんさ。」


 そして宿を出ると、レオンハルト様が馬を引いて来てくださった。

 私はレオンハルト様に馬に乗せてもらい、その後ろに荷物をぶら下げたレオンハルト様と一緒に座らせてもらうと、そのまま街にある銀行に向かうことにした。


 その前に口座決済用の魔道具さんに到着する。可愛らしい魔道具のカードを入れる小物も選んで、それから私は、馬に乗って歩きながら手続きの進め方を教えていただきつつ、レオンハルト様の案内で銀行にやって来た。

 王都の銀行は、なんだかとても大きくて立派な建物だった。下位貴族の屋敷並みね。


 町の図書館の近くにあったのだけど、窓口に並ぶ人達がいっぱいいて驚くわ。こんなにたくさんの方が口座を持ってるなんて……。

 でも待って?あんなに人が並んでるってことは、ひとりひとりが自分の順番が来るまで待っているということよね?

 イザークが帰るまでに間に合うかが、ちょっと不安になってきてしまったわ。


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ほんっと久々の更新になりますね。

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養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師としていざという時の為に自立を目指します〜 陰陽 @2145675

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