第14話 王弟の子息の魔塔の賢者

「え?どういうこと?あの門の脇の馬車のこと?イザークではなく私になの?」

「はい、魔塔からということでしたが。」

「──魔塔から?明日だという約束になっていた筈なのに、日にちを間違えたかしら?

 いいわ。すぐ行くとお伝えして。私は服を着替えます。……あなたは手伝って。」


 私はパーティーについてきたメイドにそう言いつけると、一度自室に戻ってパーティードレスを脱いで着替えた。さすがにお茶会用の一人では着られもしない派手な服で、魔塔になんて行ったら笑われてしまうわ。

 玄関を出ると、家令が声をかけておいたのだろう、外で待機していた馬車が、既に門の中に入っていた。


「お待たせ致しました。奥様をよろしくお願いいたします。」

 家令が声をかけると、馬車から御者が降りてきて、馬車のドアを開けてくれる。私は家令に手を取られて馬車に乗り込む際に、妙に御者からの視線を感じてチラリとそちらに目線をやると、御者は赤面してボーッとしているようだった。──?


 今度はお茶会ではないからメイドの付き添いはなしだ。先程のメイドはチラリと目が合ったものの、自分の仕事に戻ってしまった。

 魔塔行きはイザークに報告はしてあったものの、やはりね、と思っていた。日にちが違うからでなく、社交以外に付き添いを出さないだけ。いつものことだわ。私は一人慌ただしく馬車に乗り、魔塔に向かったのだった。


 御者が魔塔の入口で門番に来訪目的を告げたあと、スムーズに魔塔の敷地の中に馬車が滑り込む。そして──門をくぐる瞬間、何やら景色が歪んだと思うと、門の向こうはまるで違う景色になっていた。転移魔法だわ!!

 初めて見たけどこういう感じなのね!


 重要な魔法を管理している為に、それらを奪われないよう、魔塔の位置を隠しているのだとか。アッサリ通れたように見えても、実は私が手にしている招待状がなければ正しい位置には飛ばされないのだと言う。

 招待状を必ずお忘れなきよう、と念を押されていたのがこの為だったのだ。


 なぜ事前に教えてくれなかったのかというと、定期的に出入りする人間には生体認証までほどこされた、魔法のかかった魔道具が手渡されるのだけれど、招待状は簡易的なもので誰でも持参すれば入ることの出来るもの。

 その仕組みを知られると、魔塔に入り込みたい人間に、招待状を奪われる可能性があるから、とのことだった。


 塔は本当に真っ直ぐと立った、細長い円柱の形をしていた。玄関で御者と別れ中に入ると、恐らくは制服なのだろう、男性のような服を着た女性職員が招待状を受け取り、こちらへどうぞ、と案内してくれる。

 後ろについて歩いて行くと、扉を開けて何もない小部屋を見せられ、中にお入り下さいと言われ、私は恐怖から緊張した。


 職員は女性だからまだ良かったけれど、それでもこんな狭い場所に──2人きりでいったい何を?職員はあとから小部屋に入り、ドアをそっと閉めたので、ますます怖くなる。

 職員が壁の蓋を開けて、腕につけた自分の腕輪を蓋の内側の魔石部分にかざすと、突然フワッと足元が持ち上がった気がした。


 私は思わず職員の女性の服にしがみついてしまった。心配げな私の様子に、大丈夫ですよ、と女性職員が微笑んでくれる。そうして蓋の内側の魔石の光が消えたかと思うと、女性職員が再びドアを開けて、小部屋の外に出たかと思うと、こちらへどうぞ、と言った。


 そこはさっきまでとは違った廊下だった。

 確かに小部屋の近くにあった玄関が消え、別の扉がいくつもあった。これも転移魔法の1つなのだろうか?厳重なことね。

 私は女性職員に連れられて、応接室に通された。重厚な塗りのテーブルの前のソファーをすすめられ、ゆったりと腰掛けていると、先程の女性がお茶を運んで来てくれた。


 どう見ても単純作業に従事する人には見えないのに、お茶くみを担当する人がいないのだろうか?私が焦って恐縮していると、ここは男女関係なく、お客様をお迎えにあがった人間がお茶をお出しすることになっているんです、と微笑んでくれた。


 お茶は飲んだことのない味だったが、とても美味しくて気に入った。何かの花の香りがする気がした。あとでどこでなら手に入れられるのか、聞いてみようかしら。

 しばらくしてドアが開き、女性職員と同じ服装の少し騒がしい男性が中に入って来た。


「いや、どうも、お待たせしてしまって申し訳ない、魔塔の賢者をしております、クサーヴァー・ウンガーと申します。

 ロイエンタール伯爵夫人ですね?本日はお越しくださりありがとうございます。」

 ──この人が魔塔の賢者?


 もちろん賢者は一人ではないのだから、様々な人がいるだろうけれど、それにしてもなんとも知性を感じられない顔をしている。

 賢者なんて響きから、頭の良さそうな感じを勝手に想像していただけに、どうにも拍子抜けしてしまった。それにさっきから、私を舐めるように見てくる視線が気持ちが悪い。


 「いやいや、これはどうも、滅多に社交界に現れないと噂には聞いておりましたが、これは旦那様が隠したくなるのも分かりますなあ。既婚者とはいえ、大勢の男性に言い寄られて大変でしょうからなあ。」

「はあ……。」


 私はウンガーと名乗った男性の下世話な態度に、既にちょっと嫌気がさしていた。

 この人と、この先魔法絵について話さなくてはならないの?でも、魔塔に認めて貰うまでの我慢だわ。それにしても、私の社交嫌いが魔塔にまで伝わっていたということなの?

 それはさすがにちょっと恥ずかしかった。


「ああ、それでなのですが、今回送られてきたあなたの絵。確かに魔法絵だと判定されました。──効果は召喚。魔法絵師のスキル持ちと同じものであるとのことです。これが魔塔の証明書になります。ご確認下さい。」

 ──魔塔の証明書!私はそれを受け取ると食い入るように見つめた。


 やったわ!やはり私の絵は魔法絵師のスキル持ちと同じものということだった。

 私の魔法絵を買った人は、魔法絵師でなくても召喚魔法を使えるということだ。私の魔法絵なら絵そのものが拙くとも、高値で売れることだろう。私は明るい未来が確定したことに、あふれる喜びが止まらなかった。


「──ところで今日は、他にも描いた絵をお持ちになられたとか?」

「あ、はい。これがその絵です。」

 私は木箱に入れていた、壁掛け時計の絵を木箱から出してウンガー卿に差し出した。

「なんでも時間が巻き戻る魔法だとか。」


「はい、こちらも効果を鑑定していただきたくて持って参りました。」

「かしこまりました、お預かりします。」

 そう言ってウンガー卿は絵を受け取ったのだが、むき出しのまま乱暴に袋におさめたことがちょっと嫌だな、と感じた。


「そこでですね、確認したいのですが、婦人は今後自分の描いたものをお売りになられる予定はありますか?その……商売として。」

「はい、そのつもりですが。」

 ウンガー卿は、うんうんとうなずき、

「それであれば、毎回あなたの絵に、魔塔が保証書類をつける提案をいたします。」


「魔塔が保証書類を?」

「あなたの描く絵が召喚魔法の効果のある絵だという証明書、いわば鑑定書ですね。

 これがあるとないとでは、販売価格が大きく異なることでしょう。」

 確かに、それはそうね。本当なら、今手元にあるこの書類をたくさん欲しいもの。


「そのかわり、あなたの絵が売れた場合は手数料を頂戴いたします。絵が売れる都度発行することになりますから、売れなければ作りません。魔塔も研究費用が必要なので、こうして高値で売れそうな魔法絵を描かれる人には、こういう提案を致しております。

 まあ、売れそうもない方には、保証書なんてつけても意味がありませんからね。」


「そういうことでしたら、ぜひお願い致しますわ。私は魔法絵師として自立したいと思っているのです。」

「ではこちらの契約書をよくお読みくださった上でサインをお願い致します。契約魔法専用のインクを使用しておりますので、ご注意下さいね。必ずよくお読み下さい……。」


 そう言ってウンガー卿が手渡した契約書を読み込んだ。書類にはかなり細かい取り決めがあった。保証書類作成の手数料は売却価格の5%、作成には8日かかる為、それ以前に絵の売却価格を受け取らないこと、保証書類をつけない場合はその限りではないこと。


 保証書類の受け渡しは、絵の作成者、または代理人として保証された者が直接魔塔に受け取りに来ること、絵の作成者が魔塔に出入りする為の魔道具は無償で作成するが、代理人用が必要になる場合は、有償で別途作成を受け付ける、などが書かれていた。


 特にこちらに不利な内容は書かれていないようね。私は契約魔法用のペンをウンガー卿から受け取ると、名前のところに私のサインをしようとした。──次の瞬間、誰かにペンを持った私の右手首が掴まれた。

「そこまでだ。──ウンガー。」


 私の隣でソファーに腰掛けている金髪の男性は、女性職員やウンガー卿と同じ服装ながら、腕についている腕輪型の魔道具の魔石の色が違っていた。そしてなぜか右手に日付のみのカレンダーの絵を持っている。

「ファルケンベルク!!なぜここに!?

 明日まで出張の筈では!?」 


 ウンガー卿が慌ててソファーから立ち上がる。──ファルケンベルクですって!?

 それはこの国の王の名だ。魔塔には王弟の息子であるフェルディナンド・フォン・ファルケンベルク様が勤めていると伺っている。

 つまりこの方が王弟のご子息であらせられる、フェルディナンド様なの!?


「私は君の上司であり、かつ父は公爵でもある。──君が呼び捨てをしていい立場の人間ではないということは分かるな?」

 フェルディナンド様は冷たくウンガー卿を睨むと、

「その絵を渡せ。」

 と言った。


 ウンガー卿は腕輪の魔石を押すと、一瞬姿が目の前から消え──痛っ!!という言葉とともに、空中に再び現れて床に墜落した。

「私の魔道具は魔法阻害が使えることを忘れたのか。外から中に入るのは難しくとも、中から外に出ることは簡単、そう思っているのであれば大間違いだと言わせて貰おう。」

 一体何が起こったの!?

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