第33話 熱い風評被害

 まるで待っていたかのように、魔塔からの迎えの馬車はすぐにロイエンタール伯爵家へとやって来た。ひょっとして魔塔にも使われていた、空間移動の魔法を使ったのかしら?


 そうでなければ、さすがにあの距離をすぐに移動して、到着するなんてことは出来ないものね。それか、私の返事を待つ間、近くに馬車を待機させていたか。こちらかしらね。


「それじゃあ、行ってくるわ。」

 私は服を着替えて化粧を施すと、魔塔からの招待状を手に、馬車へと乗り込んだ。


 イザークから監視しろとでも言われているのか、それとも従者としての本来の仕事を思いだしたのか、若いメイドが私について来ようとして馬車に乗り込んでこようとしたけれど、私は断固としてそれを拒否した。


「招待状がない者は、魔塔に入ることも出来ないのよ。招待状は1人につき1つ。あなたは招待状を持っていないでしょう?

 戻って自分の仕事をしてちょうだい。」


 面白くなさそうな表情を、隠そうともしないメイド。この子もイザークの後妻の座を狙っているんだったわね。なにか私の弱みでも見つけて、報告するつもりだったのかしら。


 ロイエンタール伯爵に報告もせず、許可も取らずに、私が他人が寄越した馬車で出かけるなんてことは、早々ないことだもの。


 家令に持ち場に戻りなさいと言われて、メイドは渋々といった様子で引き下がっていった。それにしても力が強かったわ。強引に女主人を押しのけて中に入ろうとするなんて。


 貴族の馬車に無理やり乗り込もうとする従者なんて、見たことも遭遇したこともない。

 まるで強盗と変わらないわ。私は違和感と恐怖から、まだ心臓がドキドキしていた。


 あんなに下品で、ロイエンタール伯爵家の妻がつとまるとでも、本当に思っているのかしら。……あそこまで酷いと、さすがにあの義母が認めないと思うのだけれど……。


 馬車はスルスルと進んで、以前来たところと同じところまで来ると、門のところで空間が歪んで、馬車が魔塔の前まで転移した。


 少し前に来ただけなのに、なんだか懐かしい気持ちすらするわね。ここが私の未来を生み出してくれる、大切な場所だからかしら。


 出迎えは前回と同じ、男性のような服を着た女性職員だった。招待状を受け取り、こちらへどうぞ、と案内してくれる。


 さすがに2度目なので、歩きながら少し雑談をする。迎えに行く担当なのかと伺うと、たまたま当番だったんですよ、御縁がありますね、と微笑んでくれた。


 知らない方より、当然一度でも会ったことのある相手のほうが安心する。

 この方の当番の日に来られて良かったわ。


 後ろについて歩いて行くと、扉を開けて何もない小部屋の中に、お入り下さいと言われた。2度目だけれど、この部屋はやっぱり少し緊張するわね。狭すぎて、お相手との距離が近くなるからかも知れないけれど。


 女性職員──エイダさんとおっしゃるのだそうだ──はあとから小部屋に入り、ドアをそっと閉めると、壁の蓋を開けて、腕につけた自分の腕輪を、蓋の内側の魔石部分にかざす。するとフワッと足元が持ち上がった。


 私は思わずエイダさんの服にしがみついてしまった。この足元が心もとない感じは、何度乗っても慣れないわね……。


 クスリと微笑むエイダさん。そうして蓋の内側の魔石の光が消え、エイダさんが再びドアを開けて、小部屋の外に出たかと思うと、こちらへどうぞ、と案内してくれた。


 案内されたのは前回とは異なる扉だった。

「──失礼します。フィリーネ・ロイエンタール伯爵夫人がお見えになりました。」


 エイダさんがドアを3度ノックしてから、そう、ドアの内側の声をかけると、

「あいている、入ってくれ。」

 という、聞き覚えのある声がした。


「失礼します。」

 エイダさんがドアをあけ、私を中に促してくれる。ここは執務室の中らしかった。


 部屋の主は書き物をしながら返事をしたのか、うつむきがちに机に向かっている。私たちが部屋に入っても、まだ書き物を続けているところを見ると、急ぎの仕事らしい。


 左右の壁に本棚があり、そこにビッシリと本がおさめられている。大きな窓には薄いレースのカーテンがひかれていて、和らいだ光が室内に差し込んで、どこか肌寒い廊下と違って、ここはほんのりと暖かかった。


 きちんと整頓された室内には、日頃イザークが執務室で使用している机よりも、年代物と思わしき重厚な机が置かれていて、左右に山積みになった書類の束が載せられていた。


 イザークの執務室には、それこそイザークの私物であったり、すぐに出かける時ようにジャケットのかけられた、人の背の高さのハンガーなりがあるのだけれど。


 この執務室にはそれすらなくて。

 その人となりを表すものが何も無いというのが、むしろこの部屋の主人の人となりを表しているのかも知れなかった。


 ひとつイザークの執務室と違うのは、作業机の前に来客用と思わしき、テーブルと、それを挟んで2対の2人がけのソファーがあるという点だった。ここは部屋のあるじの執務室兼、来客用の簡易な応接室というわけね。


「早々に呼び出しに応じてもらってすまなかった。私が貴方を呼び出した、フェルディナンド・フォン・ファルケンベルクだ。」


 そう名乗った人物は、あの日の彼と同一人物とは思えないほどの、イザーク程ではないけれど、眉間に軽くシワを寄せた表情で、冷たく私を見つめてきた。


 これは私だから、ということでもなく、私の後ろから入って来たエイダさんに対しても同様の視線を向けていたから、普段からこういう表情で人を見る方なのだろう。


 せっかくの涼し気な目元が、不機嫌そうな表情で、なんだか恐ろしくも見えるわ。

 人を寄せ付けない感じの方ね。


 フェルディナンド・フォン・ファルケンベルクさまが、手元の書類を机の上に置いて、

「かけてくれたまえ。

 今、彼女にお茶を用意させる。」

 と言って立ち上がった。


 あの日あんなにも、甘やかな視線で私を見つめて抱きしめて来た人と、同じ人だとはまったく思えないくらい、慇懃無礼というか、冷たい印象を与える美しい男性だった。


 この方が、あんな風に変わるものかしら?

私は夢でも見ていたのではと思ってしまう。

 私相手に限らず、この方が女性に対して甘く見つめる日が来るとは思えない。


 だけど、フェルディナンドさま御本人が、元の自分は君を知らない、君を冷たくあしらうかも知れない、とおっしゃっていたわ。


 ということは、時間を巻き戻す前のフェルディナンドさまも、初めはこうだったということね。いつかあんな風に……再び抱きしめられる日なんて来るのかしら?


 時間を巻き戻したことで、私はクサーヴァー・ウンガーの被害から逃れることが出来たもの。フェルディナンドさまとの縁も、深まらないという可能性は大いにあるわよね。


 そんなことを考えていると、エイダさんが戻って来て、以前出してくれた素敵な花の香りのするお茶を私の目の前に置いてくれた。


 そしてそうすることが決まりかのように、クサーヴァー・ウンガーの時とは違い、お茶を運ぶ為につかった丸いお盆を胸元に抱えながら、ドアの脇に立ってこちらを見ていた。


「──なにをしている?」

 フェルディナンドさまが、エイダさんをジロリと睨みつけるようにしてそう尋ねる。


「お茶を運ぶ用事は終わった筈だ。これから我々は魔法絵の契約に関する重要な話をする予定だ。君は下がりなさい。」


「ですが魔塔主から、ファルケンベルク卿を見張るようにと、仰せつかっていますので。

 私はこちらで待たせていただきます。」

「なんだと?どういうことだ。」


「ファルケンベルク卿は、以前こちらのフィリーネ・ロイエンタール伯爵夫人に抱きついていたところを、大勢の人間に目撃されています。私も普段のファルケンベルク卿であれば、当然そのようなことはないと断言出来ますが、ことフィリーネ・ロイエンタール伯爵夫人に関しては、野生が理性を駆逐してしまうようですので。護衛を兼ねています。」


「その話か……。にわかには信じがたい、というよりも、実感がわかないが、部屋にそなえつけられた監視用の魔道具の映像を見せられては、私もそれを否定は出来ない……。」


「はい、ですので。あれから皆さんから生暖かい目で見られていましたよね?今や魔塔の中での、フェルディナンド卿の評価は、恋に溺れた情熱的な男性、という印象です。」


「だが、あれは、ロイエンタール伯爵夫人の魔法絵を使用してこちらに来た、未来の私なのだろう!?ならば今の私がそのような暴挙に出ないことはわかるであろう!

 私は彼女とは初対面だぞ!?」


「はい、ですので、念の為、です。」

 エイダさんは、あくまでも上席に言いつけられた職務をまっとうするつもりのようだ。


「確かに、彼女が一般的な女性と比べて、目をみはるほどに美しいのは私も認めるところではあるが、私は女性に対して心をかき乱されたことなどない。あれが未来の私であるなどということも、正直信じがたいくらいだ。

 君は私を信用して職務に戻りたまえ。」


 私は、フェルディナンドさまの口から、私のことを美しい、というのを聞いて、ドキドキするというよりは、不思議に思っていた。


 なんというか、仕事が恋人、という雰囲気の堅物風な見た目で、とても女性の美しさに気をとめているとは思えないのだもの。


「ではその許可を、ファルケンベルク卿自ら魔塔主に。私は魔塔主の命令でここにおります。ファルケンベルク卿のご命令は承りかねます。許可さえ取っていただければ、今すぐにでも立ち去らせていただきます。」


「君はあのわからず屋が、私の言葉を聞くとでも?私が王弟の子息であっても、その立場を意に介さず、我が物顔で私を振り回してくるのだぞ!?魔塔ひろしといえども、私にそんな態度を取ってくるのは奴だけだ!」


「魔塔主いわく、“彼の執務室のソファーはベッドの代わりとして、少し狭いけど、まあまあちょうどいいよね”だそうです。」


 それを聞いたフェルディナンドさまが、頭をおさえて天を仰いだ。

 なんだか私のことで申し訳ないわね……。


「なぜ、未来の私はそのようなことを……?

 ──いや、あれは本当に私なのか?

 私が女性にいきなり抱きつくなどと……。

 ありえない、何だったんだあれは……。」


 フェルディナンドさまは、普段はあのような方ではないのだわ。それなのに、私を守る為に過去にいらしたことで、今の時間の彼が風評被害を受けていらっしゃるみたい。


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