第19話 魔物の絵を描く為の護衛

「奥様の魔法絵の能力は、魔法絵師のスキル持ちと同じく、描いたものを呼び出す召喚なのだそうです。そこで奥様は魔物を近距離で描いてみたいとおっしゃっているのです。」

「──魔物だって!?正気か?あんた。」

 レオンハルト様が怒気をはらんだ声で、あきれたように私にそう言った。


「騎士団ですら、遠征のたびに多くの怪我人が出るくらいだぜ?あんた魔物を軽く見すぎじゃないのか?世間知らずな奥様じゃ、仕方がねえのかも知れねえが。」

 ……やっぱりそうなのね。

 人里に魔物が入り込まぬよう、戦うのも騎士団の仕事のひとつだ。その長たる人が言うのだもの、無理ということなのね。


「俺にその護衛をしろってのか?よせよせ、あんたが自分で自分の身を守れるのならともかく、ボーッと絵を描いてるあんたの目の前で魔物が暴れたら、あんた逃げ切れんのか?

 そんなつまらねえことで死んでどうする。

 伯爵夫人なんだろ?大人しく家で花でも描いてろよ。なんでそんなことがしてえんだ。

 金持ちの好奇心ってやつか?」


 その言葉に私はカチリとした。

「……違うわ。」

「──あん?」

「私が絵を描くのは生活の為。あの家から出る為よ。貴族の好奇心でも遊びでもない。私は夫と離婚がしたいの。いつか追い出されることが決まっているのなら、その前に自分で稼げるようになって、家を出てやるのよ。」


「家を追い出される?……オイオイ、おだやかじゃねえな。伯爵夫人なんだろ?貴族の結婚は家同士の政略結婚だろ?なんであんたが追い出されなきゃなんねえんだ。」

 レオンハルト様が眉間に軽くシワを寄せながら、訝しげに聞いてくる。私は子どもが出来ないこと、その為に家を追い出されようとしていること、そもそもずっと夫が自分に関心がないことなどを話した。


「跡継ぎ問題か……。確かにそれが原因での貴族の離婚は聞く話だな。子どもが出来ない場合、妻側の責任にされる。旦那の母親が乗り気で、旦那も満更でもねえってことか。

 まあ、そういうことなら、実家に戻ればいいんじゃねえのか?あんたもひとかどの貴族のご令嬢なんだろ?そんな危険な目にあってまで、稼がなくてもいいだろうが。」


「……私の父は、貴族令嬢は政略結婚の道具という考え方の人です。貴族はそれで普通なのです。生家に戻っても私の居場所なんてありません。離婚されれば今度は子どものいらない年齢の男性に嫁がされるだけですわ。

 ……私だって子どもが生みたい。日々の会話が成立する方と再婚がしたい。ただそれっぽっちの夢を実現するには、私自身が稼げるようになって、自立する他ないのです。」


 レオンハルト様は腕組みをしたまま、じっとこちらを眺めていた。

「……いいだろう。してやるよ、護衛。」

「──本当ですか!?」

「レオンハルトさん!?」

 私にレオンハルト様を通じて説得をするつもりだったヨハンが、思わず焦ったように椅子から立ち上がる。


「孤立無援の貴族令嬢が、自分の命をかけてまで、夫や父親から逃げようってんだ、そいつを守らねえで何が騎士だ。俺はあんたの味方につくぜ。」

「ありがとうございます!」

「レオンハルトさん!魔物の近くは危険なんですよね?なぜそんな……。」


「まあ、戦えない人間を守り切るのは無理だろうな、──普通の奴ならな。」

 レオンハルト様がニヤリと笑う。

「俺を誰だと思ってる?これでも元第一騎士団長様だぜ?よほどの魔物ならともかく、普段討伐してる程度の魔物ならわけねえよ。」

 レオンハルト様が右手を差し出してくる。


 私はその手を掴んで握手した。

「──交渉成立だな。」

 隣でヨハンが額に手を当てて、絶望したように天井に顔を向けている。アンになんと言い訳しようか考えているのだろう。……ごめんなさい、ヨハン。だけど私、どうしても魔物の絵を描きたいの。


「それで?いつにする?俺は引退した身だからな、別にいつでも構わねえが。」

「そうですね……。少し準備がありますので3日後はいかがでしょうか?」

「それでいい。ところでお前さん、馬は乗れるか?というか乗ったことはあんのか?」

「馬……ですか?」

 ──何故に突然馬なのだろうか?


「魔物のいる場所は、大抵馬車道なんてもんはねえのさ。途中までなら行かれるが、そっから先は馬になる。貴族のお嬢さんでも、狩りをするなんてのもいるからな、乗れる奴は乗れるから聞いてみたんだ。」

「乗ったことは何度か……。ただ、自由に操れるかと言われますと……。」


「なるほどな。まったく乗れないってこったな。いいぜ、俺と一緒に乗りゃあいい。馬はこちらで借りておく。それでいいか?」

「それで構いません。ちなみに護衛の代金はいかほどになりますか?」

「そうさな……。俺が連れて行く予定の場所なら、基本が小金貨3枚、──ただし危険手当が中金貨2枚、ってとこか。」


「……危険手当、ですか?」

「本来魔物ってのは、そこに生息してる種類が限られるもんだ。だから予定してる魔物であれば小金貨3枚ってとこだが、魔物の死骸ってのはな、瘴気を発することで別の魔物を呼び寄せちまうもんでもあんのさ。」

「別の魔物を呼び寄せる……。」


「冒険者が魔物を討伐したあとで、討伐数が多すぎて討伐証明部位以外を持ち帰らなかったり、魔物が魔物を食べたり、ナワバリ争いなんかで死骸がそこに残るとする。するとそれにつられて別の強い魔物が寄ってきたり、種類によってはそのままその場で湧くこともあるくらいだ。──血が血を呼ぶ。俺たちはそう呼んでいる。」


 血が血を呼ぶ。初めて聞く言葉だった。魔物の死骸が別の魔物を呼び寄せる。ならば私がどの程度で絵を描き終えるかによっては、たくさんの魔物の死骸がそこに積み上がることにもなるわけね。だからこその危険手当ということ。本来その場にいる筈の魔物の討伐だけで済むのならば、必要ではないけれど、私次第では危険もありうるということ……。


「まあ、魔物じゃなくても、血の匂いにつられて肉食動物が集まってくることがあるからな、そっからきた言葉なんだろう。

 ──どうする?やめておくか?」

「いいえ、お願いします。」

 その言葉を聞いて、ヨハンがハラハラしながら私には両手をのばすような仕草をしたけれど、私の決意は変わらなかった。


「いい度胸だ。伯爵夫人なんてもんにおさめておくにゃあ、もったいねえくらいだぜ。」

 レオンハルト様がニヤリと笑う。

 これは褒められているのかしら?

「それじゃあ3日後、俺の家の前に来な。ここから出発する。別に何時に来てくれたっていいぜ?俺はのんびり待つだけだ。」


「わかりました。当日は契約書をお持ち致します。」

「律儀なこった。」

 レオンハルト様が快活に笑う。

「あの……。それでなのですが。」

「ん?」

「護衛の代金を、絵が売れてからにしていただけませんでしょうか?」


「ハハッ。契約書だなんだというから、何かと思えば。別に構わねえぜ、契約書も交わして貰えるし、あんたの素性もわれてることだしな。別にそこまで急いじゃいねえよ。」

「……ありがとうございます。

 申し訳ありません。お恥ずかしい話なのですが、ロイエンタール伯爵家で、私の自由になるお金が少なくて……。」


 イザークから預かったお金は、魔石の粉末入りの絵の具とキャンバスを購入してもまだかなりあるけれど、このお金には手をつけたくはなかった。どうせ使わなかった分は返せと言ってくるでしょうしね。

 危険手当が発生しなければ、毎月渡されているお金の範囲でもなんとかなる。魔物を描いた絵を売る為に行くのだもの。絵を描きあげてしまえばどうとでもなるわ。


 問題は果たしてどの程度ので売れるかだけれど、小金貨3枚ということはないだろう。

 少しでもたくさん絵を描く為に、私も出来る準備はしておかなくちゃね。

 私はレオンハルト様に別れを告げて、ヨハンと共に再び工房を訪れると、今度は持ち帰れる大きさの、一番小さなキャンバスを5枚購入した。このくらいなら持ち運べるわ。


 そしてヨハンと共にアンの待つ家へと向かった。ずっと心配していたらしく、玄関のドアをノックした途端、家を飛び出してきた。

 アンは嬉しそうな私の顔と、申し訳なさそうなヨハンの顔とを見比べて、自分の願った展開にはならなかったことを知った。そしてヨハンを睨んで頬をふくらませる。


 こんな状態のアンの前で、ヨハンを2人きりにさせるのは、さすがに申し訳なかったので、再び家に上がらせて貰って、元王国第一騎士団長がついて来てくれること、安全を保証してくれたことを話した。アンは、もうレオンハルトさんには安く野菜を譲ってあげないわ!とプリプリしていた。


 けれど、私が無理を言ったのだから、ヨハンを叱らないであげてね?と言うと、お嬢様がそうおっしゃるのなら許しますけど……と若干まだ不服そうにしながらも了承してくれて、ヨハンは胸に手を当ててホッとため息を漏らしたのだった。

 私のせいで頼りない旦那様だと思わせてしまったら、申し訳ないものね。


 私は、くれぐれも無茶をなさらないで下さいね?少しでも怖いと思ったら、すぐに逃げて下さいね?と何度も念を押すアンとヨハンに見送られながら、ロイエンタール伯爵家へと戻った。馬車が村の中まで入れないので、外で待っていた御者は、近くに美味しい食堂がありましたよ、と教えてくれた。この村で取れた野菜を使っているのだという。


 それもヨハンが考えたのかしら?……ひょっとしたらそうかも知れないわね。

 アン、あなたの旦那様はとても頼りになる素晴らしい方よ。私のことで仲違いなんてしないでね。きっとあなたのことを、生涯大切にしてくれるに違いないわ。私はアンの尻に敷かれながらも、幸せそうな2人の姿を思い浮かべながら馬車に揺られていた。


 次の日、私は朝食の席で、イザークに、今日は図書館に行きたいのだと告げた。

 イザークが別に構わないと了承してくれたので、私はロイエンタール伯爵家の馬車で、久しぶりに街へと向かっていた。

 向かうは王立図書館だ。ここには様々な本が置かれていて、身分証明書さえあれば、自由に本を借りることが出来るのだ。


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