第57話 フェルディナンドさまとの花茶会

 私は帰宅後すぐに魔塔に手紙を書いた。魔塔からもすぐに返事があって、いつもの迎えの馬車を寄越すとのことだった。


 待ち合わせの日、アンの村の入口で、魔塔からの馬車を待っていると、予定通りに馬車がやって来て、村の入口で止まった。


 さっそく御者の方に招待状を見せ、馬車に乗り込んだ。いつものように馬車が空間移動の魔法で魔塔へと到着する。


 出迎えは今回もエイダさんだった。⋯⋯ひょっとして魔塔主さまはまだ、フェルディナンドさまのことを危険視されていらっしゃるのかしら?何もしないと思うけど⋯⋯。


 いつもの、素敵な花の香りのするお茶をエイダさんが淹れてくれる。そういえば、いつも気になっていたけれど、このお茶について結局尋ねたことはなかったわね。


 今日は聞いてみようかしら。

「あの⋯⋯、このお茶って、どちらで手に入るものなのでしょうか?いつも気になっておりまして。凄く美味しいですよね。」


 私がそう言うと、

「ああ、これ、売っていないんですよ。魔塔でだけ手に入るものなので。」

 と言われてしまった。


「そうなんですか?残念です⋯⋯。」

 本当に心底ガッカリしてしまった。

 自宅でもこのお茶を楽しみたかったのに。アデリナ嬢にも飲んでいただきたかったわ。


「これ、ファルケンベルク卿が育てていらっしゃる花を使っているんですよ。」

 と教えてくれる。


「フェルディナンドさまがですか!?そのようなご趣味がおありだったのですね⋯⋯。」

 ガーデニングなんて意外なご趣味だわ。


「薬草の研究を主にしていらっしゃるんですが、その内草花を育てること自体が、趣味になられたようですね。ファルケンベルク卿専用の温室が、魔塔にはあるんですよ。

 そこで育てていらっしゃいますね。」


「そうなんですね⋯⋯。」

 美しい草花に囲まれたフェルディナンドさまのお姿を想像する。確かに似合うわね。


「──待たせたな。」

 そこにフェルディナンドさまが遅れてやって来た。手にたくさんの書類の束を抱えていて、何やらとても重たそうだ。


「いえ、そんなこともございません。いただいたお茶が美味しくて、話が弾んでおりました。こちらの花茶、フェルディナンドさまが育てていらっしゃると伺いましたが。」


「気に入ったのか?」

「ええ、とても。エイダさんに手に入れ方を伺ったところ、魔塔でフェルディナンドさまが育てているもので手に入らないと⋯⋯。」


「他の国の花でな。君の国では手に入らないだろう。必要なら少し持って行くがいい。エイダ、帰りに持たせてやってくれ。」

「かしこまりました。」


「本当ですか!?」

「魔塔には味の違いのわかる人間が少なくてな。正直振る舞ったところでつまらん。」

「そうだったのですね。」


「実は他にもたくさんの花茶があるのだが、よければ飲んでみて欲しいのだが。」

「本当ですか!?ぜひいただきたいですわ!

 どんな花なのでしょう、楽しみです。」


「茎茶なんてものもあるのだ。花は色々な方法で楽しむことが出来る。魔力を増す力を持たせられる染料の材料になるものもある。実に奥深いものだよ、植物というのは。」


 フェルディナンドさまはよほど植物がお好きなのね。こんなにも饒舌にご自身のお好きなもののことを語られるのは、初めてのことじゃないかしら。心做しか表情も柔らかい。


「エイダ、私の部屋からお茶を色々と持って来て欲しい。それと、お茶の準備を。」

「かしこまりました。」


 エイダさんが一度部屋を出て行き、台車に乗せたたくさんの茶花と、お湯を入れるポットをいくつか乗せた状態で運んで来た。


「まずは香りを嗅いで欲しい。好きなものを選んでくれ。それを淹れさせよう。」

「そうですね⋯⋯。う〜ん⋯⋯。」


 茶花の入ったガラス瓶の蓋を開けて、ひとつひとつ臭いを嗅いでみる。すると、とても甘くて、それなのに清廉で、透き通ったような爽やかな香りの茶花を見つけた。


「⋯⋯こちらを飲んでみたいです。とても甘くて、それなのに清廉で、透き通ったような爽やかな香りが素晴らしいですわ。」

「ほう、わかるか。嬉しいものだな。」


 フェルディナンドさまが嬉しそうに言う。エイダさんがその茶花をお茶にしてくれた。お茶にすると少し香りが弱まったように感じたけれど、口に含むと鼻腔の奥で香りが膨らんだ気がした。⋯⋯そして美味しい!


 お茶は舌にザラつきが残ることも多いけれど、そういった渋みも何もなく、最後まで爽やかな飲み口で、いくらでも飲めてしまいそうだった。私はホウ⋯⋯とため息をつく。


「うっとりする飲み心地ですね。飲みやすいのにしっかりと主張してきて、最後は夢のように消えてしまいます。こんなお茶もあるのですね⋯⋯。とても美味しいですわ。」


「そうか、私もそれが1番好きだ。お茶を飲む手が止められなくなってしまうから、日頃はあまり飲まないようにしているがな。」

「わかりますわ。」


 私は思わずクスリと笑った。それからもたくさんのお茶を振る舞っていただいた。お茶はどれも美味しくて、茎茶というのは初めて飲んだけれど、それも独特の旨味があった。


 それからフェルディナンドさまは、なぜ薬草研究を始められたかについて話して下さった。もともとご実家に、お祖父さまが作ったお祖母さまの為の温室があったのだそうだ。


 そこで魔法の補助に役立つ草花も育てられており、魔法使いそのものよりも、魔法に対する研究、特に魔法使いに影響を与える薬草に関する研究に興味を持ったのだと言う。


「この茶花は祖母が教えてくれたのだ。母は体が弱かったから私は祖母と過ごすことも多くてな。祖母からは色んなことを教わった。

 私の魔塔の賢者としての基礎は、祖母が作ってくれたと言っても過言ではないな。」


「そうだったのですね。素敵なお祖母さまだったのですね。おかげでこんな素敵なお茶をたくさんいただくことが出来ましたわ。」


「私も喜んでくれる人に振る舞えて嬉しい。祖母以外とこうしてお茶をするのは、実はこれがはじめてのことだ。」


「そうなのですか?とても光栄ですわ。」

 本来の目的を忘れて、私はフェルディナンドさまの話すお話に夢中になってしまった。


「──さすがにお腹がいっぱいですわ。たくさんいただいてしまって。ありがとうございます。どれもとても美味しかったですわ。」


「ああ、もうこんな時間か。肝心なことを少しも話していなかったな。⋯⋯すまない、私としたことが、こんなにも無関係な話に夢中になってしまうとは⋯⋯。」


 少し恥ずかしそうに、フェルディナンドさまはそう、頬を染めて目線を落とした。日頃クールで凛々しい男性のこういう表情というのは、とても新鮮で眩しいものだった。


 楽しそうなフェルディナンドさまの笑顔は素敵だったし、恥ずかしそうなそのお姿もとても魅力的だ。私としては、こんな素敵な殿方とお茶が出来てとても楽しかったわ。


「⋯⋯ファルケンベルク卿って、笑うんですね⋯⋯。初めて知りました。」

 驚いたようにエイダさんが言う。


「私だって楽しければ笑う。」

 ムッとしたようにフェルディナンドさまがエイダさんを睨み、いつものツンとすましたフェルディナンドさまに戻ってしまった。


「それで、今日は振込先に指定する、商会の口座が出来たのだったな。こちらに書類を準備してあるが、本当に個人でなくてよいのだな?一度決めると基本変えられないが。」


「はい、無事に。それで伺いたいとご連絡をいたしました。早々に対応いただきありがとうございます。そちらで問題ありません。」


「ではこちらの書類に、改めて記載をしてくれ。個人と書き方が少し異なるので、それは私のほうで説明しつつ対応にあたらせてもらう。まず印章はこちらの箇所に頼む。」


 フェルディナンドさまが、個人の振込先指定の時とは異なる書面を出されて、私はフェルディナンドさまに誘導されるがままに、書類に必要事項を記入した。


「⋯⋯うむ。問題はないな。これで魔法使用権利料の支払いについては解決した。月ごとに支払われるので確認して欲しい。」

「わかりました。」


「それとこれは別件なのだが、君を魔塔の賢者の1人として推薦することが決まった。」

「え?わ、私を、ですか?」

 寝耳に水の話だった。


「なにせこれだけの実績を作ったのだ。本来の魔法絵師のスキル同様に、描いたものを呼び出す魔法。それも魔法絵師のスキルとは異なり、実態を呼び出す特別なものだ。」


「それに加えて時間を操る魔法ですからね。これだけでも凄い実績ですよ?魔塔の賢者でこれだけの結果を出せている人はむしろ少ないほうです。推薦も当たり前ですね。」


 エイダさんが補足するように、笑顔でそう言ってくれる。

「は⋯⋯。私が、魔塔の、賢者⋯⋯。」

 まるで実感がわいてこないわ。


「魔塔の賢者ともなれば、我々同様に自由に魔塔に出入り出来る腕輪が支給される。

 今までのように招待状を使って来る必要はない。いつでもどこからでも、魔塔に通じるゲートを呼び出すことが可能になるんだ。」


「私は常に魔塔につめてますから、お時間のある時にでも、ぜひ遊びにいらしてくださいね!私ともぜひお茶会をしましょう!」

 とエイダさんが微笑んでくれる。


「は、はい、ぜひ⋯⋯!」

 この私が、名誉ある魔塔の賢者の仲間入りだなんて凄いことだわ。魔法絵師として認められただけでも凄いことなのに。


 魔塔というものは、魔法使いの中でも、特に優れた、研究者としても力のある人しか所属出来ないものと聞いたことがある。


 たとえ王国魔法師団の団長であっても、認められなければ魔塔の賢者に名を連ねることはない。強いだけではなることが出来ない。それが魔塔の賢者が名誉職たるゆえんだ。


 このことを知ったら、私を追い出そうとしていた義母はどんな顔をするかしら。離婚するまで黙っておいて残念がらせてやりたい。


 私を散々無能と馬鹿にし、それを貴族の間に浸透させる為に立ち回っていた義母のことだ。元嫁が魔塔の賢者なんてことが社交界に知れ渡ったら、顔が潰れることだろう。


「それでは、こちらは推薦に同意するという書類だ。こちらにサインをして欲しい。こちらを魔塔主を含めた賢者10名で審査をし、最終的な確定になるが、何、形式的なものだから、終われば確実に賢者となるだろう。」


「なにせ今回の推薦を決めたのが、魔塔主さま御本人ですからね。決まらなかったら不思議ですよ。おめでとうございます。私たちの仲間入りを歓迎致します。」


 私は推薦に同意する書類、魔塔の賢者として情報を外部に漏らさない契約書、身上書などの諸々の分厚い書類すべてにサインした。


「結果が出たらすぐに知らせよう。

 ──ようこそ、魔塔へ。

 フィリーネ・ロイエンタール伯爵夫人。」

「あ、いえ、その⋯⋯。」


「いや、フィリーネ・メッゲンドルファー子爵令嬢、になるんだったか。

 無事に離婚も出来るといいな。」

「はい、ありがとうございます。」


 フェルディナンドさまが右手を差し出し、微笑んでくれる。私はその手を握り返した。

 エイダさんがお盆を小脇に抱えたまま、パチパチと笑顔で拍手をしてくれる。


 こうして私は、新人の魔法絵師としてでなく、新たに魔塔の賢者の1人として、活躍することが決まったのだった。


 離婚の準備は着々と進んでいた。後は無事に弁護士が決まるだけだったが、自宅に戻ったらヴィリからの手紙が届いていた。


 弁護士を頼んだが、今は忙しいと断られてしまったのだと。私は露骨にガッカリした。弁護士のあてなんてない。他にどうやって離婚に強い弁護士を探したらいいのかしら。


 ⋯⋯そうだわ。あの方は、何かご存知ではないかしら。私が離婚したいという事情もご存知だし、何より貴族に顔が広い。


 特にあの方は、たくさんの貴族の女性の方々と親しいのだもの、貴族の離婚に強い弁護士の1人や2人、ご存知かも知れないわ。私はとある男性の顔を思い浮かべていた。


 宮廷に出入りする化粧師、フィッツェンハーゲン侯爵家3男、シュテファン・フォン・フィッツェンハーゲンさまのお顔を。


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