4-10 語られる過去(1)
その後は高位の聖職者が登壇し、婚礼の儀式は粛々と進められて終わる。
イェレは終始、落ち着きがなかった。
しかしグラユール王国の人々はイェレが普通ではないことは十分に把握しているようで、よく出来た段取りが問題を隠してごまかした。
調べを変えたパイプオルガンの音を後にして、ギジェルミーナはイェレの手を引き、大聖堂を退出する。
儀式の後には食事会があると聞いていたので、ギジェルミーナはそのつもりで家臣たちの案内によって城の奥へと向かった。
謁見室や応接間がある棟のエントランスには、重厚な装飾が施された壁に由緒がありそうな絵画がいくつも飾られていて、それらは二階へとつながる優雅な弧を描く階段からも鑑賞しやすいように配置されている。
「私は一度着替えてから、大広間に向かいますね」
ギジェルミーナは一旦別れようと思って、イェレに話しかけた。
しかしイェレはもうすでに眠そうな顔をしていて、ギジェルミーナの肩に寄りかかった。
「なんかぼく、つかれちゃった」
今にも寝てしまいそうな様子で目を閉じかけて、イェレは力のない声でささやく。
「でも食事会は」
ギジェルミーナは食事をそれなりに楽しみにしていたので、一日の終わりを迎えているイェレの様子に慌てた。
どうするべきか悩んでいると、階段を一人の青年が降りてきた。
質素な高襟の
「大広間には陛下と王妃様は欠席すると伝えたから、大丈夫です。寝室の準備もいたしましたので、陛下はこのままお連れします」
青年はギジェルミーナとイェレの状況をすでに理解していて、歯切れよく対応する。
イェレよりも少し年上のその青年は、他の家臣よりも重要な役割を持っているとギジェルミーナは理解した。
「お前の名は?」
「ヘルベンです。陛下の近侍です」
新しい夫に接しているときと振る舞いを変え、ギジェルミーナが威厳を持って尋ねると、ヘルベンと名乗った青年は深々とお辞儀をして答えた。そしてよく慣れた様子で、イェレを抱えあげて階段を上がる。
「そうなると私の夕食は、どうなるんだ」
その後を追いながら、ギジェルミーナは自分にとっては大事なことについて問いかけた。流れで食事会は欠席になってしまったようだが、ご馳走は食べなければ気がすまない。
するとヘルベンは、イェレには真面目に仕えていても、ギジェルミーナについては少々面倒臭がっていることを隠さず振り返った。
「王妃様の分のお食事は部屋に運ぶように厨房にも言っておきましたから、ご安心ください」
言葉遣いは丁寧だったが、ヘルベンはギジェルミーナを食い意地のはった人物だと認識しているようである。
ギジェルミーナはヘルベンの態度が気に入らなかったが、仕方がないので頷いた。
「それなら、まあいい」
一応はご馳走を食べられると聞いたので、ギジェルミーナは文句を言わなかった。馬鹿にされるのは嫌だったが、物欲が強いことは否定できない。
(国王が欠席で、よそ者の王妃だけがいるのも変だからな……。それはそうと、この男からはもう少し事情を聞いておこうか)
国王の寝室はエントランスの階段を上がって少し歩いたところにあり、ギジェルミーナはヘルベンにまだ用があったのでついて行った。
薄青い
「では陛下、寝る前にお召し物を替えましょう」
ヘルベンは半分寝たような状態のイェレを立たせて、てきぱきと儀礼用の服を脱がせて就寝用のガウンを着せる。
その見知らぬ日常を、ギジェルミーナは壁際で腕を組んで後ろから観察した。
やがてイェレはヘルベンの手でベッドに寝かされると、ギジェルミーナの名前を呼んだ。
「あれ、ギジェルミーナは?」
「私はここです」
ギジェルミーナはベッドのそばに立ち、イェレの頭を撫でる。
眠気に抗いながらも、イェレは悲しそうにギジェルミーナを見上げて見つめた。
「ごめんね。せっかくギジェルミーナとあえたのに、ねむくなっちゃって」
その顔が本当に残念そうなので、イェレは本当にギジェルミーナに会いたかったことがよくわかる。
ギジェルミーナはかつて幼い頃に一度イェレと会っているらしいのだが、そのときのことはまったく記憶にない。
だからイェレにとって自分が特別な理由は、考えても少しも見当がつかない。しかしギジェルミーナはイェレが嫌いなわけではないので、期待に応えて優しい王妃らしく接した。
「これからたくさん、会えますから」
「そっか。そうだね……。じゃあ、おやすみなさい」
ギジェルミーナが思いやりのある言葉をかけるとイェレは納得したようで、シーツを被って綺麗な青い目を閉じる。やがてそのうち、寝息が聞こえた。
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