4-8 婚礼の儀式(1)
婚礼の行列は北西の方角へゆっくりと進んで国境の山脈を越え、早馬を駆けさせれば十日で着くグラユール王国の王都に到着したのは三週間後のことである。
ギジェルミーナは街に入る直前に近くの教会で白地の
護衛の騎兵も荷物を運ぶロバも派手な羽飾りを身に着けていて、行列はとても華やかなものになっている。
(馬車を降りると改めて、涼しくて気持ちが良いのがわかるな)
心地の良いそよ風を頬に感じ、ギジェルミーナは明るい表情で馬上にいる。
グラユール王国はオルキデア帝国よりも冷涼な山岳地帯にあり、晩夏にさしかかる季節であっても汗ばむことなく過ごしやすかった。
「イェレ国王と、新しい王妃さまに祝福を」
「王国がとこしえに栄えますように」
都の民衆は帝国からやって来た馬車や騎兵の行列に歓声を上げ、ギジェルミーナが通ると手にしているかごからバラの花びらを振りまいた。
「皆さん、すごい祝ってくれてますね」
馬を引いているカミロが少しだけ振り返って、ギジェルミーナだけに聞こえるように話しかける。
「そうだな。誰かが指示しているとしても、笑顔が見えるのは良かった」
ギジェルミーナもまた、カミロにしか聞こえない大きさの声で答えた。
風向きの関係で花びらはなかなか馬上の花嫁には届かないのであるが、ギジェルミーナは十分に歓迎してもらえた気分になる。
周囲を見渡せば道沿いの商店や民家の窓の下もまた赤いバラで飾られていて、漆喰の塗られた壁の白に映えていた。
ギジェルミーナが民衆に手を振りながらしばらく進むと、行列が続く石畳の先に古めかしい戦士の彫刻が彫られた城門が見える。
その城門の奥にある尖塔がいくつもついた黒と青の城が、これからギジェルミーナの夫となるグラユール王国の国王イェレがいるところだった。
黒い尖塔に囲まれた薄青の屋根を見上げて、ギジェルミーナは故郷から遠く離れたことを実感した。刺々しい葉のような装飾が施された眼の前の城は、ギジェルミーナの生まれ育った赤い壁の宮殿とは違って、華やかでもどこか物悲しい雰囲気がある。
城門の近くにはグラユール王国の音楽隊が格式のある演奏で行列を迎えていて、ギジェルミーナが通るときにはラッパの音がより一層高らかに鳴り響いた。
(これからはここが、私の世界になる)
ギジェルミーナは馬に乗ったまま、重々しい石造りの門をくぐった。
そしてダリアが咲き誇る丁寧に刈り込まれた芝生の庭園を横切り、城に併設された大聖堂に入る。
大聖堂は細かな装飾が美しい大きな薔薇窓が
(小国のわりには、豪華な場所だ)
ギジェルミーナは大聖堂を前にした広場で馬から降りて、その先の馬のことはカミロに任せた。
広場には色とりどりの衣装で綺麗に着飾ったグラユール王国の貴族たちがいて、民衆とは別の品の良く本心を隠した笑顔で花嫁を歓迎した。
その中でも代表格らしいはっきりした顔立ちの青年が進み出て、なめらかな口調で祝いの言葉を述べる。
「遠路はるばるグラユール王国にお越し下さりありがとうございます、オルキデア帝国の皇女殿下。この王国が、あなたに気に入ってもらえることを願っています」
青年はごく自然にへりくだった態度でお辞儀をして、立派な石柱に支えられた入り口へとギジェルミーナを案内する。
祖国にいるときよりもさらにうやうやしく接してくれる人々に、ギジェルミーナは一層気分が良くなった。
「人の心も景色も美しい国に嫁ぐことができて、嬉しく思う。私はきっと、この国をどこよりも好きになるだろう」
世界で最も強大な国に生まれた皇女らしく、ギジェルミーナは堂々と声を張って歓迎に応えて、大聖堂の中に入る。
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