4-7 大国から小国へ
ギジェルミーナはそれからの間、突然の婚礼のために慌ただしく準備をして過ごした。
婚礼衣装の用意に財産の整理など、やることは多い。
しかしギジェルミーナも皇女としていつかは結婚するものとして前々から心づもりはしていたので、支度は意外と順調に進んだ。
「グラユール王国で行われる式典のご衣装は、こちらの布で仕立ててはどうでしょうか」
国中から取り寄せた宝飾品を部屋に並べ、衣装係の女官がきらびやかな
周囲の家臣もギジェルミーナが婚礼を迎えたときのことについては、前々から考えてくれていたようである。
「なかなか立派で、素敵だと思う」
他の布との違いがわからないまま、ギジェルミーナは衣装係の選択を褒めた。ギジェルミーナは豪華に着飾ることは好きだったが、審美眼が特別にあるわけはなく、こだわりもなかった。
「では布はこちらを使うということで、これから採寸を進めさせていただきます」
衣装係が爽やかに微笑み、助手の少女に指示を出す。
こうしてギジェルミーナはなんの滞りもなく一ヶ月後に、グラユール王国へと旅立つ当日を迎えた。
◆
「それでは、行ってまいります。私はグラユール王国に嫁いでも、このオルキデア帝国に生まれたことを忘れません」
青く晴れ上がった空がまぶしい夏の盛りに、ギジェルミーナは国の象徴であるザクロの柄の旗がはためく馬車を背後にして立つ。
隣には従者のカミロが、周りにはこれから護送してくれる兵士たちが控えていて、正面には二人の兄が妹を見送りに来ていた。
日差しがあまりにも暑いので、出立式は外の庭に面した
「あちらはここより田舎で不便な小国だと聞いているが、達者でな」
相変わらずすっとぼけた雰囲気でいるエルベルトは、寝坊をして慌てて着てきたらしい緑色の正装で別れの挨拶をする。
その隣で他人のような顔をして赤紫の外衣を纏ったアルデフォンソは、皇帝らしく偉そうにギジェルミーナに話しかけた。
「お前は美女ではないが、醜女でもないから相手に拒まれることは多分ないだろう。だから安心して嫁げ」
悪意がないからこそ嫌味な美形の兄の励ましは、綺麗な顔立ちの妻子を連れ立って来ているためより挑発的になっている。
兄たちの心温まる祝福の言葉に、ギジェルミーナは微笑んだ。
「はい。私はエルベルト兄上ほど正直ではありませんし、アルデフォンソ兄上ほど賢く美しくはありませんが、帝国の皇女として役目を果たします」
ギジェルミーナはわざと真面目に、丁寧にお辞儀をしてみせる。スカートが優雅に横に広がった青いドレスは婚礼衣装とは別に衣装係が仕立てたもので、レースをあしらった立て襟が印象的で気に入っていた。
そして二人の兄はそれぞれの最低限の情感を込めて、妹を送り出す。
「では、な」
「こちらからの書簡には、すぐ返事をよこせよ」
その場の空気に見合った素っ気なさで、ギジェルミーナも別れを告げた。
「兄上たちも、お元気で」
冷めた調子の返事を残し、ギジェルミーナは兄たちに背を向ける。
用件を済ませて庭へと進めば、従者のカミロが馬車の扉を開けて待っていた。
「お手を」
「ああ」
普段とは違うドレスを着てやや乗りづらかったので、ギジェルミーナはカミロの手を借りて馬車に乗り込んだ。
馬車は外装も内装も普段よりさらに綺麗なものであり、天井にも金箔でザクロの文様が描かれていて、座席も真紅のベロアが貼られたしっかりしたものだった。
「ご不安は、ありますか」
向かいの席に乗ったカミロが、ギジェルミーナの様子を伺う。
「別にないな」
ギジェルミーナは房のついた飾り紐で留められたカーテンのついた小窓から、見慣れた宮殿の風景を眺めながら答えた。
小国であるグラユール王国の人々は大帝国の皇女を無下に扱うことはできないだろうと、ギジェルミーナは考えていた。
イェレという国王がどんな人物なのかは知らないが、ギジェルミーナはある程度は祖国の威光を笠にきて、好きにやらせてもらうつもりでいる。
「やはりギジェルミーナ様は、オルキデア帝国の皇族のお一人でございますね」
語らずとも顔を見ればギジェルミーナの考えがわかるカミロは、静かに頷いた。
ギジェルミーナは誇らしげに微笑んで、カミロに黙って応えた。
(もしかしたら私は、兄上たちがいない場所なら一番に偉い存在になれるかもしれない)
態度には出しても声には出さずに、ギジェルミーナは小さくはない野望を抱く。大帝国の皇女であるギジェルミーナには、あまり謙虚さは身についていない。
やがて窓の外の景色は石造りの宮殿の門をくぐり、煉瓦で立てられた家屋の臙脂色が鮮やかな街を抜け、馬車は緑の濃い夏の森に入っていった。
ギジェルミーナが乗る馬車の前後には、婚礼祝いの品が入った荷鞍を載せたロバや、護衛の騎兵が並んでいる。
ギジェルミーナは窓の外の道に集まって待っている民に時折金貨を投げながら、馬車の旅を過ごした。
客室を鎖で吊って架ける新しい技術を使った馬車は揺れが少なく、長時間の移動でも快適に旅は進んだ。
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