4-2 父の死と新しいドレス
顔ぐらいしか知らない父親である皇帝が死んだのは、そのギジェルミーナが七歳の夏の終わりである。親子らしいことをしてもらった覚えはないので、ギジェルミーナは特に悲しみもなく喪に服す。
長く退屈な葬儀の期間中は、真っ黒で地味な喪服を着せられた。
しかし亡き父から皇位を継ぐ長兄アルデフォンソの戴冠式では、ギジェルミーナは新しく作ってもらったドレスをお披露目することができる。
だから白い大理石で出来た獅子を模した噴水が美しい中庭に面した、眺めの良いバルコニー付きの寝室で、ギジェルミーナは侍女にいつもよりも念入りに身支度を整えてもらっていた。
「まだ、だめなの」
やわらかい布張りの椅子に座り、ギジェルミーナは自分の後ろに立って髪の飾りの具合を見ている侍女を急かす。
「お待ち下さい。もうできますから」
侍女はギジェルミーナの黒髪を櫛で綺麗に梳いて、前髪を左右に分けてその上に金と真珠で縁取られた赤いヘッドドレスを被せた。
「はい。出来ました。赤色がよく、お似合いですよ」
ヘッドドレスがずれないように耳からあごにリボンを通して結ぶと、侍女はギジェルミーナを大きな鏡の前に立たせた。
鏡の中には、金色の腰紐の巻かれた赤い絹のドレスを着た、真顔の見知らぬ自分が立っている。
侍女が言ったとおり、ドレスと揃いで仕立てられた髪の飾りの深い赤色は、ギジェルミーナの黒い髪によく映えていた。ゆったりとした床丈のドレスは襟ぐりに細かい刺繍をした飾り布がわたしてあって、ギジェルミーナの小さな身体を華やかに包んでいる。
「これは、すごくかわいいよね?」
「大変可愛らしいお衣装だと思います」
ギジェルミーナがドレスの裾を持ち上げて確認すると、侍女はごく自然に肯定した。
「これだけの数の真珠を大きさを揃えて惜しみなく使うことができるのは、オルキデア帝国の姫君のための品だからこそでしょう」
侍女は皇家に仕える者として、誇らしげにそっとギジェルミーナの真珠で縁取られたヘッドドレスに手を添えた。
楕円の鏡の中に映っているいつもと違う自分を見て、ギジェルミーナは生まれてはじめて自分の容姿に自信を持った。
よく見れば顔は別に普段から見慣れたギジェルミーナの顔であり、侍女が褒めているのもほとんどドレスや髪の飾りについてである。
しかしそれでも、ギジェルミーナは外見のことで褒められた記憶があまりなかったので、嬉しくなって鏡の前で何度も自分の姿を見た。
(わたしはえらいから、こんなにきれいな服が着れるんだ)
兄の戴冠式のためのドレスは、近くにいる侍女が着ている濃紺のものと違って、豪華で贅を尽くしてある。
その違いをよく観察してやっと、ギジェルミーナは自分がより恵まれた存在であることを実感した。
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