1-2 儀式の後
供物のための儀式を終えたシェスティンは、礼拝室の裏にある控室で儀礼用のローブを脱ぎ平服を着た。神殿は常に冬のような気候の土地に建てられているので、シェスティンは着替えても厚着である。
「クルトは、きょうはいないのですか」
灰色の毛皮でできた外衣のボタンを留めながら、シェスティンは近くにいた女官に尋ねた。
クルトというのは、シェスティンのお気に入りの騎士見習いの少年のことである。友と呼べる者が存在しないシェスティンは、暇があればいつもクルトを側に置いていた。
礼拝室にいた神官たちと同じ黒衣を着た女官は、儀礼用の衣装にしわができないようきちんと衣装棚に掛けながら答えた。
「彼は熱を出して、寝ています。昨日は剣の稽古でかなりしごかれたようですから」
シェスティンよりずっと年上の女官は、心配そうな口ぶりでクルトの姿が見えない理由を説明する。
しかしあまり身体が丈夫ではないクルトが寝込むのはよくあることなので、シェスティンは特に驚きはしなかった。
(かわいそうに。クルトはまた、なぐられたのですね)
留めたボタンを指でなぞっていじりながら、シェスティンはクルトのことを考えた。
クルトは神殿を守る騎士になるために集められた少年の一人で、大人の騎士たちの指導の下で仲間と共に厳しい訓練を受けている。その中で特に年少のクルトは、いつも叩かれたり打たれたりする側にいた。
だがシェスティンは、可哀想だからこそクルトのことを気に入っている。
「じゃあわたしは、クルトのところへいって、はやく治るようにいのってあげたいです」
顔を上げて女官を見上げ、シェスティンは殊勝な態度をとった。クルトが病人でもいいから会いたいだけなのだが、あくまで思い遣るふりをする。
案の定、女官は感心して微笑んだ。
「それはきっと、彼も喜ぶことでしょう」
神殿にいる大人は皆、シェスティンが聖女らしい言動をすることを喜ぶ。
シェスティンは子供だけれども、そのことをよくわかっていた。
「それなら、いってきます」
くるりと外衣を翻して、シェスティンは軽い足取りで控室を出た。
銀色のドーム屋根が美しい主聖堂を出てを向かう先は、クルトのいる騎士見習いのための宿舎である。
城壁で囲まれた神殿の敷地には、礼拝室がある中央の主聖堂の他に、シェスティンが住む館や書物が保管されている館など、さまざまな役割を持った建物があった。
シェスティンは走りたいのを我慢して、聖人たちの壁画が並ぶ回廊や、雪の降り積もった曇天の庭を歩く。
掃除をしている者も、家畜の世話をしている者も、すれ違うものは皆聖女であるシェスティンに頭を下げた。どんな役割を持った人間も、シェスティンには優しかった。
「シェスティン様が、今日も健やかでありますように」
「はい。すこやかでいます」
神殿にいる者は皆、シェスティンが健康に生きていることが、自分たちの幸福や平和につながるのだと信じて、敬意を払って平穏な生活を守ってくれる。
だからシェスティンも、すべての挨拶に微笑みを返した。
湖の中心に浮かぶ岩場の孤島に建てられた神殿は、本来聖女以外の女人が立ち入ることは許されない場所であり、シェスティンの身の回りの世話をする僅かな人数の女官以外は基本的に男しかいない。
そのため島全体に広がる神殿の敷地で働いているのは、どこを見ても男性ばかりである。
(でもわたしはどのおとこの人よりも、クルトがすきです)
シェスティンは誰にあってもクルトのことだけを考えて、先へ進む。やがて騎士見習いたちが住んでいる、石造りの宿舎が見えてきた。
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