お姫様が絶対に死なないおとぎ話
名瀬口にぼし
第1章 悪夢が見たい眠り姫
1-1 信仰と貢ぎ物
「神に祝福され、永遠を与えられしあなたに、この供物を捧げます。あなたを通して、我々の祈りが神に届きますように」
祭壇を囲んで集まり並ぶ神官たちの祈りが、神の絵姿が描かれた礼拝室の高く広い天井に響く。
数多の金細工の燭台が吊り下げられた礼拝室の内部は、まるで金色の雨が降り注ぐように美しい。
その場所の信仰の対象として生まれた六歳の聖女シェスティンは、祭壇を見下ろす高い位置に置かれた椅子の上から、祈りに応えた。
「神に祝福され、永遠をあたえられし聖女であるわたしが、あなたたちの供物をうけとります。神の祝福が、あなたたちにもありますように」
いにしえから何万回と繰り返されてきた言葉を、シェスティンの未熟で甲高い声が紡ぐ。
金漆を塗った彫刻が端麗な木製の椅子は巨大であるので、シェスティンの短い足は地面に届かない。
神官たちが祈りを捧げ、シェスティンがそれに応えた通りに、赤い布が敷かれた祭壇の上には国中から集められた供物が捧げられていた。硬く焼かれたパンに、干した羊の肉、瑞々しい色をした青リンゴなど、供物の種類は様々でどの品も山のように盛られている。
その壮大な祭壇よりも目を引く美しさであるのが、聖女としての衣装を着せられたシェスティンの姿である。
シェスティンは長い絹のチュニックの上に、華麗な赤い花の文様が織り込まれた厚手のローブを纏い、胸元を宝石で留めて飾っていた。職人が長い月日をかけて仕立てたその服に見合うよう金色の髪は複雑な形に編まれ、あどけない顔には薄く化粧が施される。
周囲には黒衣を着た男の神官しかいないために、礼拝室の中央に座すシェスティンの可憐さは際立った。
贅を尽くした居場所に、恭しく仕える人々。豪華絢爛な服に、心の込められた貢物。
シェスティンは王と並んで尊い存在である聖女として、国で一番か二番に良い生活をしているはずである。
しかし神殿の外の人々の暮らしを見たことがないシェスティンは、その価値を大して理解してはいなかった。
(きのうも、きょうも、同じことばかりです)
あくびを噛み殺して決められた手順だけを守り、信じるべき神のことは考えない。
そんなシェスティンが神に最も愛されているとされる最高位の聖女であるのは、シェスティンがちょうど先代の聖女が死んだ年に誕生した王女だからでしかない。
シェスティンの生まれたユルハイネン聖国は大陸の北の凍土を統治しており、厳しい自然の下にある非常に信心深い国である。
人は毎朝毎晩に祈りを捧げ、神の教えを守って暮らす。
国家の中心には、王が住む城とは別に聖女が住む神殿があり、国中から集められる貢物も三割ほどは王都ではなく神殿のある土地に送られた。
王の城と同等以上の権威がある神殿の最奥で、聖女は永遠に穢れのない存在として、あらゆる危険から遠ざけられる。
そのためシェスティンは、ほとんど怪我も病気もしたことがない。
人に祈りを捧げられ、自分もまた祈りを捧げることだけが、痛みも苦しみも知ることがないシェスティンのすべてである。
(そしてあしたもきっと、同じことがつづきます)
どうしようもなく暇なシェスティンは、小さな赤い靴を履いた足をぶらつかせたい衝動に駆られたが、行儀が悪いのでしなかった。
毎日変わりのない日々を過ごすシェスティンには、いつも眠っているかのように考えることがない。
シェスティンが聖女としてこの神殿にやって来たのは、生まれてから数ヶ月後のことである。
赤子のままこの金色の椅子に置かれてから今日まで、シェスティンはほとんど神殿の中のことしか知らずに育った。年に幾度か行われる儀式で父親や兄弟に会うことはあっても、そこに肉親のぬくもりを感じたことはない。
「ここに贖いと慰めあり。我が穢れは清められ、神の御力はあなたに宿る」
低く心地良く響く声を重ね合わせて、神官たちがシェスティンを見上げる。
神官には若い男もいれば、年老いた男もいて、皆穏やかな表情をしていた。彼らは人一倍に信心深く、シェスティンを聖女として深く崇敬してくれている。
仕方がなくシェスティンも彼らと同じ表情をするのだが、きっと心の中まで同じにはなれなかった。
「神は聖なるわたしをむかえ、まことの糧をここにあたえたもう」
シェスティンは定められ、期待された通りに、神官の祈りに対応する言葉を思い出して述べる。
聖女として役目を果たすことを、楽しいと思ったことはない。だが祈ること以外に何も教えられたことがない幼いシェスティンには、選べるものは他になかった。
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