4-4 ごく普通の皇女として
父が死んで長兄アルデフォンソが皇位についてから十年後、ギジェルミーナは十七歳の初夏を迎えた。
オルキデアの初夏の宮殿では、庭園のナランハの木に白い花が咲き、濃くなった糸杉の葉の緑が赤壁に影を落としている。
太陽は天頂に近づき日差しは強まるが、風は心地よく石飾りのついたバルコニーを吹き抜けた。
若い緑の匂いに満ちたこの季節に、きっと帝都の外に住む農民たちは森でハーブを摘み、耕地に種をまくのだろう。
しかし皇女のやるべきことは冬でも夏でもそれほど変わらず、ギジェルミーナは教師に読むように言われた史学の古典を自室で読んでいた。
(大昔の偉い人の説教を読んでも、面白くはない)
窓辺に置かれた木製のデスクで、ギジェルミーナは羊皮紙の頁をめくった。その窓からは、塔の
(けれども皇女としての教養は必要だから、私は王になれなくても言われたことは学ばなければならない)
丈夫で健康で、派手すぎない赤ワイン色のドレスが似合う地味な十七歳に、ギジェルミーナは成長した。
過去の幼いギジェルミーナは、皇帝になった兄に嫉妬し殺意を抱いていた。
だがそれからは忍耐を覚えて年を重ねたので、今はもうつまらない本を我慢して読むことができるし、兄を本当に殺してしまおうとはせずに生きている。
ギジェルミーナは国や民のために生きていられるほど真摯ではないが、良い暮らしをさせてもらっている分は真面目に、帝国の皇女として常識的なふるまいは身につけた。
だからギジェルミーナは乗馬も外国語も、刺繍も歌も、どれも恥にはならない程度にはできる。
しかしどれもそれなりで得意なものはなく、衝動を押し殺してきたギジェルミーナは一途さに欠けていた。
(私が一生懸命になると、それは間違いになるみたいだからな)
窓の外の明るさがまぶしい部屋の影の中で、ギジェルミーナは古書に書かれた興味が一向にわかない文字の列を、義務的に読んで頭に入れる。
自分に優れた才能があるかどうかは、わからない。しかしギジェルミーナは皇女として、素晴らしい才能を発揮するよりも、無難で普通の人間であることを求められていることを感じ取っている。
ギジェルミーナは何かを壊したい衝動を抱えていたが、他人に迷惑をかけてまで貫けるほどその想いは強くはなかった。
やがて一つの章を読み終えるところで、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼いたします。ギジェルミーナ様」
「カミロか。入れ」
ギジェルミーナが入室の許可を出すと、黒地の従者の服を着たくすんだ金髪の青年であるカミロが扉を開けて進み出る。
カミロはギジェルミーナが幼いころから仕えてくれていた侍女の弟で、最近は結婚して職を辞した姉に代わって身の回りを世話してくれていた。
「何か、あったのか」
ギジェルミーナが用件を尋ねると、カミロは丁重に目を伏せて答えた。
「はい。皇帝陛下がギジェルミーナ様をお呼びです。大切なお話があるそうで、陛下の応接間まで来てほしいとか」
カミロの聞き取りやすい声の受け答えが、一人でいるには少々広すぎるギジェルミーナの部屋に響く。
「わかった。今行く」
読みかけの書物に布の栞を挟んで、ギジェルミーナは立ち上がった。
アルデフォンソは二十五歳の若き皇帝として、実権を握って政治を取り仕切っていた。
その長兄にそう会いたいわけではないが、本を読むのにも飽きていたので、ギジェルミーナは特に理由についても考えずに呼び出しに応じた。
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