3-4 城壁の内側で
あたりで一番高い丘に建てられたゲンベルク城は、深い堀と高い城壁に囲まれていて、中に入るには跳ね橋を通る必要があった。
ヴィヴィとテオが城内に逃げ込んでほどなくして、跳ね橋は上げられ城門は閉ざされる。
逃げ遅れた人々がどうなったのかを、ヴィヴィはあまり考えたくはなかった。
城壁の内側には灰色の石を積んで造られた
星も月も明るい空の下、着の身着のままの逃げてきた村人たちは、ある者は黙って地面に座り込み、ある者は興奮して話し続けていた。
端から端まで歩くには時間がかかりそうな広さの中庭には他に、粗末な鎖帷子を着て弓や剣を持ち、持ち場へと走る城の兵士たちもいる。
慌ただしくもあり静かでもある城壁の内側で、ヴィヴィは倉庫か何からしい建物の冷たい石の壁にもたれて、膝を抱えて座っていた。
(そのうちちゃんと、中に入れてもらえるんだろうか)
今夜一晩くらいは秋だから大丈夫でも、毎日外で寝泊まりするのは寒いだろうとヴィヴィは思う。
考えると怖いことが多すぎるので、ヴィヴィは毛皮の上着を被って寝ようとした。しかしひどく疲れているのに頭は冴えていて、目をつむっても眠れない。
地面も壁もあるはずなのに、ぐるぐるとどこかに落ちていくように気持ちが悪い。
ヴィヴィが眠れないならせめてどうでもよいことを考えようとしていると、テオの声が聞こえてきた。
「ヴィヴィ」
ヴィヴィの名前を呼ぶテオの声は、ぶっきらぼうだけどどこか優しい。
羊番をしているときにいつも聞いているテオの呼びかけに、ヴィヴィは実はすべてが夢であることを期待した。
しかし目を開ければそこは見慣れない城の中庭で、テオも普段とは違う心配そうな顔でヴィヴィの顔を覗き込んでいる。
「ほら、水もらってきたぞ」
テオはどこからか木製の杯に入った水をもらっていて、ヴィヴィに差し出した。
「いろいろ、ありがとう」
親切な幼馴染の気遣いに、ヴィヴィはお礼を言って杯を受け取った。少しだけ飲んだ水は、よくわからないけれども美味しいはずだと思う。
そのうちに水を口にしたことで気分が落ち着いたヴィヴィは、ずっとテオが側にいてくれることが悪い気がして、改めて事情を聞いた。
「テオの家は、皆生きてるんでしょ。そっちにいなくてもいいの」
「皆いるからこそ、俺がいなくても困らん」
そう言って、テオはそっとかたい手のひらでヴィヴィの頭を撫でた。
家族を殺されたヴィヴィに同情して、テオは優しくしてくれている。テオに触れられて、ヴィヴィは自分がそれほどまでに可哀想に見えているのだと実感した。
普段のヴィヴィなら、テオに心配をかけたくはなくて平気なふりをしたのかもしれない。だが今のヴィヴィはとても心細かったので、テオの肩に身体を預けてうなずいた。
(テオがいてくれて、本当によかった)
ヴィヴィは何も言えないほどに、テオの存在に感謝した。気づけば、目には涙が浮かんでいた。
嗚咽をもらすヴィヴィのか細い身体を、テオは無言で上着ごと抱き寄せる。
その力強いぬくもりの中で、ヴィヴィは目を閉じた。
戦争の異様な雰囲気も、心を凍えさせる寒さも遠ざかり、やがてヴィヴィは今度は本当に眠りについた。
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