3-7 天国と地獄とその狭間
長い眠りの中で、ヴィヴィは夢を見ていた。
それはオルキデア帝国の攻撃によって永遠に失われた、小麦の刈り入れが終わったことを祝う村の収穫祭の夢である。
夕闇に赤く音を立てて燃える焚き木を囲んで、大人は
その宴席の目立つところにある立派な椅子には、一番最後に刈り取られた麦束を編んで作った人形が置かれていた。
王の姿を模した服を着た藁の人形は、しばらくはお守りとして大切に保存され、新しい季節を迎えたときに燃やされる。
(皆が幸せそうな、にぎやかな夜)
炎から離れたところに座り、ほのかに甘い麦の粥を飲みながら、ヴィヴィは疲れて一息をつく。
酒を飲む男たちの中には父親がいて、若い男女の集まりには姉もいる。
そしてヴィヴィの隣には、いつもと同じようにテオがいた。
(だけどこれは、夢だから)
夢だとわかっている夢の中で、ヴィヴィは泣きたい気持ちになる。
ヴィヴィはテオの名前を呼んで、ぶっきらぼうだけれども真面目なあの眼差しで、こちらを見てほしかった。
しかし何か言ったら夢から覚めてしまいそうな気がして、ヴィヴィは口をつぐむ。
言葉を交わさなくても、顔が見えなくても、ヴィヴィは少しでも長くテオの側にいたかった。
だがヴィヴィが見る夢の中のテオは、すべてが夢だとは知らないので、そっとヴィヴィの名前を呼んでくれた。
「ヴィヴィ」
きっと現実ではもう聞くことはないテオの声が、ヴィヴィの耳に心地よく響く。
そのときヴィヴィは眠りから覚めて、目を開けて初めて見る格子梁の天井を見上げていた。
(ここはどこだろう)
ヴィヴィは自分のいる場所がわからなかった。だが自分が藁よりも上等な素材でできた寝台に横たわり、肌触りのなめらかな寝具に包まれていることは理解した。
寝台の温かくやわらかな寝心地に、眠気を覚ますことができないヴィヴィは、瞬きをして再び目を閉じる。
記憶のない間に食事も与えられていたのか、お腹もすいてはいなかった。
もしかしたら自分は、天国にいるのかもしれないと期待する。
しかしほど近くでおそらく天使ではない誰かが会話をしていることに気づき、ヴィヴィは慌てて考えを改めた。
「慰み者にするには、この娘は幼すぎやしませんか」
「別にそういうのじゃないんだ、サムエル」
サムエルという名前らしい少年の質問に、相手の男が砕けた調子で返事をする。答えているのはおそらく、あのヴィヴィを水堀から引き上げたオルキデア帝国の男である。
男はヴィヴィが目を覚ましたことに気づかず、少年の質問に堂々と悪びれずに答えていた。
「俺はこう見えて慈悲深いから、小さくてか弱くて、可哀想なものが好きなんだよ」
ヴィヴィは寝たふりをして耳を澄まし、男と少年の会話を聞く。
男の言っていることの意味は、ヴィヴィにはなかなか飲み込めなかった。
しかし少年には男の言葉がよくわかるようで、随分可笑しそうに笑っていた。
「彼女を可哀想な存在にしたのは、貴方ですよ。すべてを奪っておいて、生かして可愛がるなんて、貴方は本当に悪趣味ですね」
笑いながらも少年は、男の異常な自分勝手さを指摘する。
だが人格を疑われていても、男は妙に誇らしげにしていた。
「怯えさせるのが一番上手い人間が勝つのが、戦争だろ」
男はおおらかな朗らかさで、冷酷な言葉を言い放つ。
その支配者らしい言動に、ヴィヴィは自分は本当に恐ろしい敵に捕らわれているのだと実感した。
地獄と言うには寝具は暖かく、天国と言うには人の心が怖い。ヴィヴィの新しい居場所は、そういうところであるようだった。
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