1-8 空っぽの祭壇
供物が減った日から数カ月後。
シェスティンはとうとう今度は、何の供物も載ってない祭壇を見ることになった。
戦況は悪くなる一方であり、湖上の島に建てられた神殿は敵の包囲により完全に孤立してしまった。敵に支配された対岸からは、一切何も送られてこなくなったのだ。
台を覆う布の赤さだけが際立つ空っぽの祭壇を前に、儀式を始めるために集まった神官たちはしばらく皆黙っていた。
シェスティンも自分が言うべき言葉を考えていたが、すぐには見つからなかった。
しばらくしてやっと、一人の壮年の神官が神妙な顔で口を開いた。
「この神殿は難攻不落。我々にもまだ勝機はあります。シェスティン様が健やかに生きてこの地にいる限り、敗北はありえません」
壮年の神官は勇ましい言葉でを周囲を鼓舞しようとしていたが、他の神官もさすがに暗い顔をした者の方が多かった。
シェスティンが聖女として健康に過ごしていれば幸福や平和が守られると、この期に及んでも本気で信じているのは、信仰深いというよりは現実が見えない者だろう。
(これから強大な敵と戦わなくてはならないのに、食料も武器も何もこの島に届かないのですから、不安になるのは当然でしょう)
冷めた他人事のような気持ちで、シェスティンは神官たちを高座から見下ろしていた。飢えの苦しみを知らないシェスティンには、状況の深刻さは理屈でしかわからない。
しかしシェスティンもまた勇気づけなければならない立場にいるので、本心は隠して取り繕う。
「神はときに、神の民の忠誠心を試されます。苦難が続く今こそ、我々は信心深くあらねばなりません。勝利が与えられるまで、我々は祈り、戦いましょう」
穏やかな態度を保ちながらも、シェスティンは考えた末に抗戦を唱えることにした。
それが道徳的に正しい道であると、シェスティン自身が信じているわけではない。だがシェスティンの知る神の言葉は結局、死ぬまで戦う結論しか導かない。
そしてその神の言葉を語る聖女であるシェスティンの選択は、自然と神殿全体の選択になる。
だから壮年の神官の言葉にはただ不安げな顔をしていた者たちも、シェスティンの言葉には従って、シェスティンの求めた通りに祈りを捧げた。
「あなたを通して、我々の祈りが神に届きますように」
低く調和した神官たちの声が、礼拝堂に響き部屋全体を包む。
聖女が清らかで穢れのない存在として生きて続ければ平和は保たれるのだと、彼らは嘘でも信じてシェスティンを守るしかない。
シェスティンの役割が聖女として神に祈ることであるように、彼らの役割は神官として神と聖女の力を信じることなのだ。
結局建前で成り立っている信仰の場の中で、シェスティンはむなしさを感じていた。
しかし祈りに背を向けて神殿を去ることは聖女には許されてはおらず、シェスティンは生きてその椅子に座り続けなければならなかった。
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