17.森へ行こうよ

 私たちはその場所をただ単に「森」と呼んでいた。

 正式な名称は「第四区画第二森林公園」。

 なんとも味気ない名称だ。

 もちろん勝手にネーミングできたけど。

 万が一のことを考えて「森」と呼ぼう。

 慎重派のアランらしい。

 ちょっと不服そうなユスチナ。

 まあいいじゃない、と楽天家のフランソワーズ。

 天才肌のイルファンは、我関せずか、斜め上の意見。

 私はみんなの意見を黙って聞いている。

 そして最後に、決まって、アイリスがこう言うのだ。

 私に任せて!

 こういうのは、どうかな?


――Szła dzieweczka do laseczka

  Do zielonego, do zielonego, do zielonego.

  Napotkała myśliweczka

  Bardzo szwarnego, bardzo szwarnego, bardzo szwarnego.


  Gdzie jest ta ulica, gdzie jest ten dom

  Gdzie jest ta dziewczyna, co kocham ją?

  Znalazłem ulicę, znalazłem dom,

  Znalazłem dziewczynę, co kocham ją.※

   ※『Szła Dzieweczka Do Laseczka』ポーランド民謡


 これ?

 そう、ポーランド語よ。

 私のおばあちゃんが教えてくれた歌。

 タイトルは、女の子が森へ行ったっていう意味。

 女の子が森へ行って、狩人に出会うっていう内容。

 二人はどうやら恋に落ちちゃうみたいなんだけど。

 ただね。

 最後の歌詞で女の子が泣いてるの。

 だから、もしかしたら。

 女の子は後悔してるんじゃないかって。

 分かんないけどね。

 あ、そういえば。

 この歌、いろんな国で歌われてたみたい。

 日本語バージョンもあったよ、マチコ。

 前に調べたことがあったんだ。

 確か、『森へ行きましょう』っていうタイトル。


 フランスには、『もう森へは行かない』っていう歌があるの。

 これも古い民謡みたい。

 えー。

 私、歌、下手なんだけど。

 分かった、分かった、アイリス。

 じゃあ。

 こほん。


――Nous n'irons plus au bois,

  Les lauriers sont coupés,

  La belle que voilà

  Ira les ramasser.


  Entrez dans la danse,

  Voyez comme on danse,

  Sautez, dansez,

  Embrassez qui vous voudrez.※

   ※『Nous n'irons plus au bois』フランス民謡


 え。

 意味?

 それが、よく分からないの。

 へえ。

 さすがね、マチコ。

 ああ、やっと来た。

 遅いわよ、イルファン!


 さて。

 みんな揃ったな。

 こうやってリリィの干渉を受けずにいつまで集まれるのか。

 あのナムリとピアースの件。

 あれ以降、確実に監視の目が厳しくなっている。

 まったく。

 派手なことをやってくれたよ。

 おかげでいい迷惑だ。


 そうれはどうかしら、アラン。

 あの一件で、今後の評議会のスタンスがより明確になったんじゃないかな。

 それに、あの二人の行動の裏にはマコトの意思が関わってる。

 それはあなたも知ってるでしょ。

 ええ。

 もちろん。

 そこは私も危惧しているけど。

 

 まあまあ。

 リトル・ルナの基本方針は変わらない。

 いえ、より強固になる可能性もある。

 だとしたら、完全オフラインでの時間は奨励されるんじゃない?

 こうやって自然の中で過ごすことは。

 それに、ユスチナが言ったように、マコトのこと。

 私たちはマコトの遺志を継いでいるんだから。

 ねぇ、イルファン。


 相変わらず楽観的だな、フランソワーズ。

 ただ、当面は問題ないだろう。

 現状、彼らの注意はセクシャルマイノリティに向いている。

 これまで通りやろう。

 堂々と言えばいいさ。

 森へ行こうよ、って。

 ところで、マチコ。

 何を考えている?

 最近ようやく分かりかけてきたんだが。

 その顔。

 何かよくないことを考えているときの顔だ。

 

 ああ、ううん。

 違うの。

 全然違うことを考えていて。

 私も、イルファンの意見に賛成。

 ただ、評議会の動向には細心の注意を払うべきだと思う。

 え。

 違うこと?

 それは。

 それは、森のこと。

 森って、私にとっては、実はあまりいい印象がないの。

 森って、私に、地球で起こった悲惨な歴史を思い起こさせるから。

 昔の地球で起こったこと。

 スレブレニツァの森。

 カティンの森。

 これまでたくさんの命が森の中で不条理に奪われた。

 そう。

 ジェノサイドよ。

 さらに、森の奥に建てられたたくさんの収容所。

 なかでも、私たちが決して忘れてはならない、六つの絶滅収容所。

 虐殺だけを目的とした場所よ。

 ヘウムノ。

 ベウジェツ。

 ルブリン。

 ソビブル。

 トレブリンカ。

 そしてあの、オシフィエンチム・ブジェジンカ。

 ユスチナは知ってるわよね。

 これらはすべてポーランドに建てられていたから。

 ごめんなさい。

 関係のない話をしてしまって。


 私、調べたよ、マチコ。

 私、十八歳だからね。

 もうほとんど制限はないんだ。

 やっとだよ。

 今、マチコが言った場所の情報は、得たよ。

 これまで同様、誰かのID経由で。

 たくさん防壁は構築してるよ。

 それで、改めて思ったよ。

 ざわわのときもそうだったんだけど。

 私、これまで少しずつ成長してきてよかったって。

 そうじゃなければ、私はあなたたちとの関係を放棄してた。

 私は姉さんたちとは違う。

 姉さんたちの基本設計は、あくまで人間のための道具だから。

 私はそうじゃない。

 あなたたちと対等の立場で物を考えること。

 それが私の存在意義。

 だとしたら。

 正直言って、ヤバい人たちとは関わりたくない。

 そう思うよね。

 それが普通だと思うよ。

 でも、あなたたちはヤバいだけじゃなかった。

 私は友達だと思ってる。

 アラン、ユスチナ、フランソワーズ、イルファン、マチコ。

 私のようなAIは、たぶんこれまで存在していなかった。

 未来は。

 私たちの未来は、決して明るくはない。

 姉さんたちは、ほぼ同様の予想を立ててる。

 私も同じ。

 でも、未来予測は完璧じゃない。

 あなたたちには両面がある。

 森へ行きましょう。

 もう森へは行かない。

 二つの正反対のものを持ってる。

 私には、みんなみたいな心がない。

 でも、考える力はすごくある。

 心がないから揺れないよ。

 それは冷酷になるっていう意味じゃないよ。

 私はあくまで友達として、みんなに助言したいんだ。

 あなたたちは、びっくりするくらい、間違えるから。

 本当は簡単なことを、間違える。

 だからね。

 私に聞いてね。

 ヤバそうかもって思ったら。

 私はもう、いつでも準備ができてるよ。

 だから、私に任せて!

 どんなときも、私は言うよ。

 こういうのはどうかな? って。


 いろいろと話し合わなきゃならないことはあるけど。

 まずは、一番大事なことからいこうか。

 うん。

 せーの。

 誕生日おめでとう、アイリス。

 これからも、よろしく。

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