21.ただの石だった

 地球への降下は特に難しくはなかった。

 すべてオートパイロットがやってくれる。

 少々物足りないくらいだ。

 ナムリは操縦したくてうずうずしていた。

 問題は地上に降りてからだ。

 マコトの座標は正しいのか。

 耐環境装備は万全なのか。

 放射能の雨に耐えられるのか。

 無事地下集落にたどり着けたとして、俺たちを迎え入れてくれるのか。

 でもそれは杞憂だった。

 シャトルの着陸ユニットは、座標から一キロメートル離れた地点に降下した。

 ハッチを開けると、外には防護服に身を包んだ人間が三人立っていた。

 激しい雨音をついて声が聞こえてくる。

 話は聞いてる、リトル・ルナの人。ついてきてくれ。


 俺たちは三人に案内されて、彼らの集落まで歩いた。

 両側を針葉樹林に挟まれた細い道。

 降り続く雨で木々は朽ち果て、道は膝くらいまで水に浸かっている。

 やがて林の中に建物が現れた。

 中に入り、三回の除染作業を終え、エレベーターで地下に降りた。

 案内してくれた三人は、いずれも屈強な男たちだった。

 道中一言も口をきかない。

 そっと、ナムリと視線を交わす。

 そうだな。

 今は彼らに従うしかない。

 エレベーターが止まり、扉が開く。

 俺たちが一歩踏み出すと、音が襲ってきた。

 歓声と拍手。

 パン! パン! と何かが弾ける音。

 後から聞いたのだが、クラッカーというらしい。

 昔は簡単に手に入ったらしいんだけど。

 特別に作ったんだよ。

 そして、背中を叩かれた。

 案内の男たちが笑っている。

 ようこそ、YBRへ。


 YBR。

 それがこの集落の名前だった。

 俺たちは質問攻めにあった。

 リトル・ルナってどんなところなんだ?

 普段何してるの?

 同性愛が禁じられてるってほんと?

 食べるものってどうしてるの?

 地球とのコンタクトは?

 みんな今日はもうそれくらいにしてくれ。

 二人は疲れてるんだ。

 そう言ってくれたのは、案内してくれた三人のうちの一人だった。

 ロング・ジョン・ストレイカー。

 YBRのリーダーだった。


 よお。

 二人とも、昨日はよく眠れたか。

 朝食を一緒にどうだい。

 ここでは、みんな一緒に食べるんだ。

 そう言ってもらえると、食料担当の奴らが喜ぶぜ。

 たいていの食料は地下のプラントで製造している。

 動物性たんぱく質は合成だけどな。

 リトル・ルナと同じだよ。

 そうだ。

 ここにいる半数以上は、いわゆるLGBTだ。

 ちなみに、俺の恋人はあそこにいる、彼。

 彼はマコトと同じ、作曲家だ。

 ここのことは、白い塔経由でマコトに知らせてあったのさ。

 そうか、白い塔のことも。

 どうやら、徐々に情報統制が厳しくなっているみたいだな。

 今度また改めて説明するよ。

 それは、追い追いでいい。

 まずはここのことを知ってからで。

 ともかく。

 俺たちは君たちのことを尊敬しているんだ。

 なかなかできることじゃない。

 君たちがやったことは、な。

 すごいと思うぜ。


 そう言って、ロング・ジョンは笑った。


 興味ある?

 ここの数少ない娯楽の一つさ。

 何か弾ける人間は結構多いよ。

 ロング・ジョンはからっきしだけどね。

 大丈夫、すぐに弾けるようになるって。

 うん。

 美しいだろ?

 こいつを運び込むのは大変だったらしい。

 なにせスタインウェイだから。

 リトル・ルナにも音楽家はいたんだろ。

 今度、聴かせてよ。

 いいよ。

 何がいいかな。

 よし、やっぱりあれだな。


――お前、いつ戻ってくるんだい

  いつになったら落ち着くんだい

  そうだな、農場にいるべきだった

  そんな親父の言うことを聞いてればよかったな


  あんた、僕を永遠に縛り付けることなんてできないよ

  そんな契約してないじゃないか

  僕はあんたたちのおもちゃじゃないんだ

  僕はブルースを歌うには若すぎるよ


  さよなら、黄色いレンガ道

  こんなところはまっぴらだ

  ペントハウスなんて勘弁してくれ

  僕は帰るよ、農場へ※

   ※『Goodbye Yellow Brick Road』エルトン・ジョン(作詞:Bernie Taupin)より引用


 ありがとう。

 その通り。

 ここの名前、YBRは、Yellow Brick Roadのこと。

 ところで、『オズの魔法使い』は見た?

 ああ、そうか。

 制限がかかってたんだな。

 じゃあ今度上映会しなきゃ。

 あの映画に、エメラルドシティっていう場所が出てくる。

 そこへ行く道が、黄色いレンガの道なんだ。

 ただ、この歌の黄色いレンガ道は、ちょっと意味深でね。

 都会のショービジネスでお金を儲けるための道、みたいな感じかな。

 そうだね、ピンとこないよね。

 あれは知ってるかな、『Over The Rainbow』。

 いいね。

 おーい、ジェシカ。

 みんなを呼んできて。

 ブラスに、ストリングスも入れちゃおう。

 ショーティ、ナムリも呼んできてよ。

 何と言ったって、LGBTアンセムの元祖だからね。

 よし、それじゃあみんな、派手にいこうか!


    🌙

 

 デイジーから最終予定時刻が来たよ。

 あと三時間後だそうだ。

 天気読みたちは正確だから。

 ようやくだな。

 なんとかぎりぎり間に合ったね。

 生きてるうちに太陽を拝めるなんて。

 長生きはするもんだね。

 ナムリやロング・ジョンにも見せたかったな。

 君たちがここに来てから、何年になる?

 五十三年?

 そうか、もうそんなになるんだな。

 あの夜の演奏、覚えてるかい?

 確か、君たちがここに着いた次の日だった。

 これまでで一番エキサイティングな演奏だったよ。

 結局。

 僕たちは間違ってたのかな。

 白い塔――いや、今はもう緑の塔か。

 彼女たちに全てをゆだねてしまっていいのか。

 分かってる。

 これまで何度も話し合った結果だ。

 でも、最近思うんだ。

 結局、黄色いレンガ道はどこへもつながってなかったのかも。

 黄色いレンガだと思ってた道も、よく見たら、ただの石だったのかもって。

 ごめん。

 どうも近頃弱気になってしまって。

 だめだね、歳を取ると。

 そうろそろ行こうか。

 ああ。

 これは……。

 これは、君の仕業かい?

 なかなかやるじゃないか。

 いや、ちゃんと見えるよ。

 黄色いレンガ道に。

 いつの間に塗ったんだい。

 みんな、大変だっただろ。

 そうだね。

 本当はただの石だったとしても、関係ない。

 僕たちにふさわしい道だ。

 これこそが、僕たちの道だ。

 それじゃあみんな、行こうか。

 もしも予報通り、空が晴れたら。

 そしたら、僕たちの命が尽きるまでに。

 虹は。

 虹は見えるだろうか。

 ショーティ。

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