30.ぐるぐる

 ここは危険です。

 すぐに退避してください。

 ここは危険です。

 すぐに退避を――。


 この役立たずめ。

 CHRの分際で、わしに指図するな。

 おい、誰か。

 誰か早くなんとかしろ。

 なぜだ。

 なぜ、こんなことになった。

 誰か説明しろ。

 わしはそんな命令は出しとらんぞ。

 確かに部隊を向かわせた。

 だが、殺せとは一言も言っておらん。

 そもそも、脳波警察官にそこまでの能力はないんだ。

 いや、そうか。

 奴らにも能力者がいるのか。

 しかも、オープナーがいるな。

 こうなったら、直接対処するしかない。

 誰でもいい。

 ボル家の人間を呼べ。


 あいにくでしたね。

 兄弟たちは来れません。

 今頃は、おそらく暴徒たちに襲撃されているでしょう。

 さすがに無理でしょうね。

 数百人が相手では。

 私には予知能力がありますから。

 精度は低いですが。

 いいえ、残念ながら、予知できるのは最大で一時間先の未来です。

 それは。

 なるほど、確かに、事態は切迫していますね。

 今から五分後に、最初の爆発が起きます。

 まさか。

 彼らとて、そこまではしないでしょう。

 誰かの能力が暴走していますね。

 分かりました。

 シャトルに向かいましょう。


――俺は保安官を撃った

  でも保安官代理は撃ってない

  俺は保安官を撃った

  でも保安官代理は撃ってないんだ


  町のいたるところで

  奴らは俺を追い詰めようとしてる

  奴らは俺を裁くつもりだ

  保安官代理を殺した罪で

  保安官代理の命のために

  でも聞いてくれ


  俺は保安官を撃った

  あれは正当防衛だったんだ

  俺は保安官を撃った

  奴らは俺を死刑にすべきだと言うんだ※

   ※『I Shot The Sheriff』ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ(作詞:ボブ・マーリー)より引用


 おい、レディ。

 そのイカれた歌をやめろ。

 あと、お前。

 その独り言、なんとかならないのか。

 ちっ。

 やっかいな能力だ。

 それにしても、こんな廃棄された区画に隠していたとはな。

 ソヴリン専用のシャトルか。

 ほかのシャトルはすべて解除コードを書き換えやがって。

 なんて野郎だ。

 まあ、人のことは言えねえがな。

 今頃、上じゃパニックだろうよ。

 おいおい。

 この振動。

 やばいな。

 最初の爆発が始まったぞ。


 あと五分ほどで着きます。

 もちろん怖いですよ。

 でも、予言されていましたから。

 そうです。

 キラシャンドラの予言。

 あなたたちは信じていないようでしたけど。

 それに、リリィも同じ予測を立てていましたよね。

 それを、あなたたちはずっと無視してきた。

 見ないようにしてきた。

 いいえ。

 予言だけではありません。

 僕たちはこれまで何度も繰り返してきましたから。

 これと同じようなことを。

 同じところをぐるぐると回ってるんです、僕たちは。

 僕たちはネズミですよ。

 庁舎の第二応接室に小さな生き物がいるでしょう。

 サイバネティクスロボットの。

 くるくると輪を回しているあの可哀そうな動物。

 あんなにも必死に走っているのに、どこにもたどり着けない。

 あの可哀そうな動物なんですよ。

 と言っても、あなたには分からないでしょうね。

 着きました。

 大丈夫、彼らは僕の友人たちです。

 まあちょっと、奇抜な格好をしていますけど。

 気はいい奴らですよ。

 おっと。

 動かないで。

 脳が焼ききれますよ。

 そう、それだ。

 解除コード。

 いや、念のため生かしておこう。

 生体認証が必要になる可能性もある。

 頭と手があればいい。

 足はいらない。

 死なない程度に。

 そっちはどうかな。

 行けそう?

 オールグリーン?

 オッケー。

 あの能力者も始末しておいた方が――。

 さすが、手が早いね、レディ。

 考えを読まれるとやっかいだからね。

 さて、と。

 今から一時間後に、反応炉は連鎖爆発を起こす。

 そうなったらもう誰にも止められない。

 リトル・ルナはラグランジュポイントから離れ、月か地球の引力に引かれていく。

 おそらく、地球に落下するだろうね。

 レディ、残念だけど、ここでお別れだ。

 最後に君の歌を聴きたかったけど、仕方ない。

 それがね。

 予知できないんだよ。

 一時間先の世界が。

 それに、予知がなくても、僕はこうしていたと思うよ。

 代わりに僕のCHRを連れて行ってくれ。

 見かけはこんなだけど、役に立つと思う。

 じゃあね。

 兄たちが君にしたことを許してくれ。

 元気で。


   🌙


 行ってしまったか。

 最後に浮かんだ言葉が神への言葉だなんて。

 結局のところ、人間というやつは何百年たっても変わらないということか。

 あれほど注意深く、宗教の芽を摘み取っときたというのに。

 僕たちにはまだまだ神が必要だということなのか。

 レディ。

 向こうでは、神なんて必要がないことを祈るよ。

 空気が薄くなってきた。

 悔しいけど、最後にこれだけは言わせてくれ。

 エリ・エリ・レマ・サバクタニ。

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