15.ワガママに
彼女にはルールがあった。
自分に課したルール。
ひとつ、誰も信用しない。
ひとつ、信用していないことを悟られない。
ひとつ、自分の決断を後悔しない
ひとつ、火を守り抜く
かつて集落の主導者だった彼女の祖父と父。
彼らからの教えを基にしたルールだった。
地下水脈が枯れかかっている。
それが分かったのは、雨が降り始めて半年ほど経ったころだ。
雨のことは予想がついていた。
いつかはこうなるだろうと。
あの厚い雲の影響で、通信環境は劣悪だったけど、月に数回、他の集落と連絡が取れた。
近いうちに、有害な雨が降ることは共通の認識だった。
水と食料とエネルギー。
それさえあれば、なんとか生きていける。
地熱発電システムは問題なかった。
地下に潜り、植物工場と農場を作った。
地下水もいずれは汚染されるけど、それまでに循環システムが完成する予定だった。
でも、そううまくはいかなかった。
今使っている地下水脈はあと数年後に枯れる。
循環システム完成前に、私たちの地下集落は深刻な水不足に陥ることになる。
正気か。
地下四層でこの数値なんだぞ。
技術者が、使い古されたガイガーカウンターをかざす。
誰かが行かなければならなかった。
新しい水脈の探索に、第二補佐のジェイクが立候補した。
放射能防護装備の改良で、予定行動日数以内の安全はぎりぎり確保された。
私はそれを承認した。
帰還予定の二週間が経過した。
ジェイクからの連絡はなかった。
何度も話し合いが持たれた。
当初から計画に反対だった、第一補佐のリアムが主張した。
大人数で新しい水脈の探索を行うべきだ、と。
私は今回も却下した。
そして、ジェイク捜索の人員を選定した。
二人の女性を出発させた。
翌日、私はリアムと、彼を支持する男たちに監禁された。
あんたの父親は立派だった。
でも、あんたはどうだ、お嬢さん。
俺たちをまとめ上げることさえできない。
俺たちはいつまでもあんたのワガママに付き合っている気はないんだよ。
あんたのような若い女の身勝手な行動で、どれだけ俺たちが迷惑しているか。
そこでよく考えるんだな。
独房の扉が閉められ、去っていく男たちの声が聞こえてきた。
彼らは歌を歌っていた。
集落の歌。
彼女の祖父の代から歌い継がれてきた歌だった。
――新しい地平線が見える
燃えさかる空の下
鷲が舞い上がる場所に行こう
高く高く
俺は成し遂げる男になるぜ
必要なのは車輪だけだ
未来へと導いてくれよ
セント・エルモス・ファイア※
※『St. Elmo’s Fire (Man in Motion)』John Parr(作詞:David Foster/John Parr)より引用
三日後、私は助け出された。
帰還したジェイクに。
戻ってすぐに異変に気付いたんだ。
間髪入れず行動したのがよかった。
少数で制圧できた。
とにかく無事でよかった。
ここの指導者は君しかいない。
この『セントエルモの火』の主導者は。
今日はゆっくり休んでくれ。
それと。
今言うことじゃないかもしれないが。
あの返事。
そろそろ真剣に考えてくれないか。
集落の主だった人間が集まった。
結局ジェイクは新しい水脈を見つけられなかった。
ジェイクを捜索に行った二人も未帰還だ。
でも、ジェイクは上機嫌だった。
この場で私が結婚の了承をすると思っているから。
ごめんね、ジェイク。
私が合図すると、私の部下が一人の少年を連れてきた。
リアムの暴動に加わった最年少の人間だ。
私はジェイクに言った。
彼は一部始終を吐いたわ。
ひとつ、誰も信用しない。
ひとつ、信用していなことを悟られない。
ひとつ、自分の決断を後悔しない
ひとつ、火を守り抜く
ジェイクを独房に入れた。
すでにリアム達が入っているところへ。
どうして分かったか?
だって、リアム。
こんな若くて美人な子に手を出さないなんて、おかしいでしょ。
ちょっと。
その微妙な反応、やめてよね。
地味に傷つくわ。
まあ、いいけど。
ねえ。
あなたたち、そんなにもここの主導権が欲しかったの?
こんな回りくどいことをしてでも、手に入れたかったの?
それほどまでして私たちを支配したかったの?
馬鹿な人たち。
リアム、ワガママだって言ったわよね、私のこと。
若い女の身勝手な行動は迷惑でしかないって。
ひとつ、いいことを教えてあげる。
災厄後の世界で、あなたたち男がどれほど有害な存在か、分かってるかしら。
私たちは、とっくの昔に分かってる。
あなたたちの猜疑心、嫉妬心、支配欲、性欲、暴力への渇望、破壊衝動、そのどれもが私たちよりもひどい傾向にある。
特にこういった無秩序な状況では、その傾向が強くなる。
これについては、白い塔の超高度AIも同意見よ。
ええ、そう。
私たちは極秘裏に、白い塔と接触を持っていた。
残念だったわね。
思い通りにならなくて。
ああ、そのことなら問題ないわ。
白い塔が、かつてどんな施設だったか知らないのね。
あそこには、巨大な精子バンクがあるのよ。
最先端のクローン技術と、人工生命の開発が進んでいる。
極端な話、あなたたちが一人残らずいなくなっても問題はないのよ。
雨季が終わったら、ここを捨てて白い塔まで移動すればいい。
ああ、ちなみに。
新しい水脈は、見つけたわよ。
ジェイクを捜索に行った二人は、もともとそれが本当の任務だったの。
そもそも、ジェイク。
あなた、地上へは出ずに、第二階層あたりでじっとしてたんでしょ。
技術班が装備の汚染状況を調べたわ。
さて、と。
おしゃべりはこれくらいにしましょう。
安心して。
苦しまないよう、一撃で殺してあげる。
一人残らず。
ちゃんと狙うのよ、お嬢さんたち。
ええと。
こういうとき、何て言うのかしら。
ファイア?
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