9.何かを埋めた

 二十二年。

 あれからたったの二十二年だ。

 ダニー。

 ああ、ダニー・ボーイ。

 たった二十二年で世界はこんなにも壊れてしまうものなのか。


 その旅人たちは変わっていた。

 老人と男の子。

 その組み合わせ自体は珍しいわけじゃない。

 気になったのは、その老人の持つ雰囲気だ。

 

 あれは俺たちの部隊が解散する二か月前。

 七発目の戦術核使用の情報はすでに入っていた。

 俺たちは住民を誘導しながら戦線を離脱しようとしていた。

 途中、取り残された住人を見た。

 その老人は道路わきに座り込み、虚空を見つめていた。

 そばには、小さな子供の死体が二つ。

 俺は老人にそっと近づき、ひざまずいた。

 ブービートラップは仕掛けられていない。

 そいつの顔を覗き込んで、気付いた。

 俺はずっとそいつを老人だと思っていた。

 だが、違った。

 まだ三十代くらいの男だった。

 

 あのときと、全く同じというわけじゃない。

 その老人は、見かけは明らかに老人だった。

 ただなんとなく、あのときの男と同じものを感じた。

 そのどことなく得体の知れない老人が、食料と引き換えに提供をもちかけてきたのは、驚くべきものだった。

 電気だ。

 信じようとしない俺たちに、老人は魔法を見せた。


 村にあった古い燃料電池が稼働するのを、俺たちは茫然と見ていた。

 災厄以降、ほとんどの再生可能エネルギーは役に立たなくなったというのに。

 老人はそのデバイスを俺たちに渡した。

 ペーパーバックサイズの透明な板。

 工兵隊にいたランディがそいつの性能に驚いていた。

 老人の名前を尋ねると、彼は言った。

 ウィザード。

 この子は、天気読み。


 映画やなんかでよく、戦場じゃ、ほんのわずかな判断の遅れが命取りになる、なんて言う。

 でも実際は判断している時間すらない。

 来るべき時にそれは来る。

 考える暇なんてない、一瞬だ。

 あっという間にそれは起こる。

 それが起こった後に、俺たちは考える。

 ああすべきだったとか、こうすべきだったとか。

 でもそれはあとの祭りだ。


 ああ、ダニー・ボーイ。

 あの日もそうだった。

 お前の忠告通り、もう少し移動を待っていたら。

 なぜ俺じゃなくてお前だったんだ。

 家族や友人に恵まれ、才能豊かなお前が死んで、妹以外身寄りもなく、何のとりえもない俺が生き残るなんて。

 大戦が終結し、災厄があり、それも生き延びた。

 七家族が暮らすこの村も、外敵におびえながらもなんとかやってる。

 それにしても、な。

 まさか、お前が裏切るとはな、コノリィ。

 災厄からこっち、ずっと俺の補佐をしてきたお前が。

 ここのところ、単独行動が多いとは思っていたが。

 野盗どもの条件はそんなに魅力的だったのか。

 背中の銃口の感触が懐かしい。

 まだそんなものが残っていたんだな。

 それもあいつらからもらったのか。

 来るべき時にそれは来る。

 俺はゆっくりと振り返る。

 コノリィの怯えた顔がそこにあった。


 世界が壊れてしまったのだから、せめて人間だけでも、正しくあろうとしたらどうなんだ。

 世界が壊れてしまったのに、なぜ俺たちは未だに、下劣で愚かで野蛮なんだ。


 ここに何が埋まっているかって?

 ああ、確かに埋めたな。

 確かに、何かを埋めた。

 それが気になっていたのか。

 俺は毎日のようにここにきていたからな。

 俺は笑い出した。

 自分で確かめればいいだろ、コノリィ。

 口を開きかけた奴の頭が、一瞬で蒸発した。

 ゆっくりと、コノリィの体が右に倒れていく。

 俺は左を見る。

 ウィザード。

 高質量レーザー兵器とはな。

 あんたはいったい何者なんだ。

 あんたはいったいどこから来たんだ。

 ああ。

 そうだな。

 まずは、こいつを片付けよう。


 大丈夫だ、俺たちのことは心配ない。

 これまで何度も撃退している。

 ここの人間は戦いには慣れてるんだ。

 それよりも、命拾いした礼をしなきゃな。

 ん?

 これ?

 俺の胸にさげられているそれを、ウィザードは指さす。

 こんなことでいいのか。

 いや、俺は別に構わないが。

 俺はあんまり上手くないんだよ。

 それでもいいのなら。

 そうか。

 わかった。

 俺は小さなハーモニカを吹き始めた。

 たどたどしい音で、ダニーの足元にも及ばなかったが。

 この曲かい。

 ダニー・ボーイっていう曲さ。

 俺たちの故郷に古くから伝わる曲で、息子が出兵するのを見送る母親の気持ちを歌にしたものだそうだ。

 ああ、そうだな。

 悲しい曲だな。

 うん。

 まあ、そう言ってもらえたら、こいつも嬉しいだろうよ。

 ここには、俺の義理の弟が眠ってるんだ。

 このハーモニカは、こいつの形見だよ。

 戦死して、遺体はバラバラになったから、実際には何も埋まってないんだが。

 確かに。

 そうだな。

 俺は一緒に、何かを埋めたのかもな。

 何を埋めたのかは、もう忘れちまったけどな。


 もう行くのか。

 もう少しゆっくりしてもらってもいいんだぜ。

 そうか。

 それで、どこまで行くんだ。

 生命工学研究所?

 それって、あの白い塔のことか。

 そいつは、やめたほうがいいぜ。

 あそこの周囲にはとんでもなくヤバいトラップが大量に仕掛けられているって噂だ。

 実際、俺が知っている奴らが近くまで行って、帰ってこなかった。

 でもまあ、あんたたちなら。

 気をつけてな。

 ああ、そうだな。

 伝えておくよ。

 またいつでも来てくれ。

 元気でな。

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