12.クレンザーが
はい。
誓います。
ありがとうございました。
教官室を後にする。
一年飛び級で、基礎学習課程を修了。
の、割には足取りは重い。
ナムリ・ナビエフ・ハルディア、第四区画出身、十七歳、今後リトル・ルナの規則にのっとり、住民の規範となるよう心がけることを誓うか。
はあ、とため息をつき、待ち合わせ場所へ急ぐ。
おめでとう。
ショーティ、マリア。
三人とも飛び級で卒業とはね。
ショーティは分かるとして、マリア。
君って意外と頭が良かったんだな。
冗談だよ。
まあ、あのゲーミフィケーションの姿は一生忘れられそうにないけどな。
ごめん、ごめん。
お祝いはまた明日、だな。
じゃあ、俺たちちょっと寄るところがあるから。
またな、マリア。
行こう、ショーティ。
道すがら、俺たちは口ずさむ。
ドゥゥドゥドゥゥドゥドゥゥドゥドゥドゥ
ドゥゥドゥドゥゥドゥドゥゥドゥドゥドゥ
ドゥゥドゥドゥゥドゥドゥゥドゥドゥドゥ
ドゥゥドゥドゥゥドゥドゥゥドゥドゥドゥー
リトル・ルナには、人目に付かない場所がほとんどない。
俺たちは苦労して、ほとんど使用されていない区画の、小さな保管室を見つけた。
ショーティが中に入り、俺は周囲を確認して、扉を閉めた。
俺たちは口ずさむ。
ドゥゥドゥドゥゥドゥドゥゥドゥドゥドゥ
ドゥゥドゥドゥゥドゥドゥゥドゥドゥドゥ
ドゥゥドゥドゥゥドゥドゥゥドゥドゥドゥ
ドゥゥドゥドゥゥドゥドゥゥドゥドゥドゥー
俺たちが歩むのは、こんな人工の道じゃない。
これから歩まなければならないのは、もっと荒れた道だ。
たぶん、荒野だ。
――ホリーはフロリダ州のマイアミからやって来た
ヒッチハイクでアメリカを横断してきた
その途中で眉毛を抜いて
すね毛を剃って
彼は彼女になった
彼女は言う
ねえ、ワイルドサイドを歩かない?
ワイルドサイドを歩いてみない?※
※『ワイルドサイドを歩け』ルー・リード(作詞:ルー・リード)より引用
この曲はリトル・ルナのアーカイブには存在しない。
リトル・ルナでは、ある種のコンテンツにアクセス制限がかかっている。
俺たちはこの曲をマコトの端末で知った。
そして俺たちは、たちまちこの歌のとりこになった。
ナムリ君、キミ、このまま行けば、将来は評議会入りも夢じゃないよ。
このまま行けば。
ワイルドサイドを歩かなければ。
マリアのことはどうするんだ。
そうショーティに聞かれるたびに、あいまいに答えていた。
マリアの俺に対する気持ちにはずいぶん前から気付いていた。
でも、お互いにはっきりとしないまま、ここまで来てしまった。
女は怖いぞ。
そう、ショーティは言った。
それにしてもまさか。
まさか、ここまでするとは。
マリア。
君はそんなにも。
そんなにも。
俺とショーティは評議会から出頭を命じられた。
リトル・ルナでは、同性愛は認められていない。
リトル・ルナでは、自然であることが最も大事だとされている。
人工の星なのに。
人工の星だからなのか。
町のあちこちには植物が栽培され、公園には豊かな自然が再現されている。
人々は生活のなかでできるだけ自然と触れ合うことを推奨されている。
そのくせ、出産、育児、教育は厳密にコントロールされている。
この小さい星を維持するために。
俺たちのこの気持ちは、自然じゃないのか。
気持ちに自然とか、自然じゃないとかってあるのか。
いや、分かってる。
そんなこと言ったって、無駄だっていうことは。
ここは、地球じゃない。
リトル・ルナなんだから。
そして、俺たちには、クレンザーが行われることになった。
クレンジング処理された俺たちには、もう、あの気持ちは戻ってこない。
あいつを想う気持ちは、研磨され、洗われ、流され、消えていく。
クレンジング――洗浄、浄罪。
これは、罪なのか。
なあ、マリア。
これって、罪なのか。
🌙
お帰りなさい。
妻が、いたわるように、俺にそっと手を添える。
どうだった、式は?
ああ、いいお葬式だったよ。
マコトも、安らかな顔をしてたよ。
遅くまで待っててくれてごめん。
体に障るから、先に休んでて。
お休み、マリア。
また、第一世代が亡くなった。
彼にはもっと相談したいことがあったのにな。
今更か。
マコトにもらった端末をテーブルに置こうとして、気がついた。
端末に、「未読メッセージ有り」と表示されている。
こんな表示が出たのは初めてだ。
俺は画面を起動させて、メッセージを表示させた。
そこにはこう書かれていた。
「ナムリ、『Over the Rainbow』を探せ」
「18.虹の向こう」へ続く
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