2.風になれたら

 メランジュ! ブランジュ! ラグランジュ!

 茶色を混ぜたらなんになる?

 マーブル模様の月になる!

 メランジュ! ブランジュ! ラグランジュ!

 まんまるチョコだよ食べちゃうよ!


 子供たちが歌いながら通路を走り去っていく。

 僕は隣に座るゾフィアさんの手を握る。

 通路脇の長椅子に座っているゾフィアさんの手は皺だらけだ。

 かくいう僕の手も皺が目立ってきた。


 最近ね、風が気になって。

 臭いが。

 オゾンの臭い。

 地球の風が懐かしい。

 私が住んでいた町は海沿いにあって。

 あの潮の香り。

 本当に気持ちのいい風が吹いてた。

 ええ。

 ツェリンに頼んで調合してもらったわ。

 でもやっぱり何かが違うの。

 本物とは違う。

 もちろん彼女が悪いわけじゃない。彼女をもってしても、というやつね。

 さっきの子供たちの歌、懐かしいわね。

 憶えてるわよ。

 ツェリンがチョコレートケーキを作りながら歌ってた、自作の歌よ。

 彼女が作った人工カカオは素晴らしかった。本物のクーベルチュールの味だった。

 あなたはIQ百四十の無駄遣いだって言ってたけど。

 憶えてるわよ、もちろん。

 最近彼女見かけないけど、元気でやってるのかしら。

 そう。ならよかった。

 ねえ、久しぶりにあなたの歌が聴きたいわ。

 ええ。いいわよ。

 ……。

 この歌、初めて聴いたわね。

 ちょっとボサノバっぽいけど、歌詞は日本語なのね。

 どういう意味なの。

 そう。

 そうね。

 私も風になりたいわ。

 死んだら。

 もちろん、地球に吹く風よ。

 天国じゃなくても。いい歌詞ね。

 今の地球から見たら、ここは天国か楽園に見えるでしょうね。

 でも私はやっぱり、地球に吹く風になれたらいいなって思うの。

 プルトニウム239なんて関係ないわよ。だって風なんだから。

 どう?

 いいでしょ。


 やがて子供たちが戻ってきて、僕とゾフィアさんが座る長椅子に腰かける。

 子供たちは口々に話し出す。

 ねえねえ、昨日、地球の花火がすごかったよ。

 いつもよりたくさん。

 ぴかぴかだった。

 ちかちかしてた。

 きれいだったよ。

 いつかこの子たちに教えなければならない日が来る。

 その花火は、残り少なくなった資源を奪い合うために、地球の人々がかつて禁忌としていた兵器を使用している光なのだということを。

 ゾフィアさん寝ちゃってる。

 子供の声に隣を見ると、ゾフィアさんは目を閉じて、静かに寝息を立てていた。

 僕は人差し指を口に当てる。

 しーっ。

 ゾフィアさんの寝顔は、かすかに笑っているように見える。

 風になっている夢を見ているのだろうか。

 そこはどこなのだろう。

 昔の地球なのだろうか。

 今の地球なのだろうか。

 できれば、昔の地球であってほしい。

 そこが天国じゃなくても、楽園じゃなくてもいいから。

 ただ、潮風であってほしい。

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