28.長財布の中みたく

 キラシャンドラを呼べ。

 このところ、それが議長の口癖らしい。

 あのばかでかい執務室に、重厚な机と椅子を置いて。

 その予言者以外は誰も入れさせていない。

 当たるって?

 ああ、キラシャンドラの予言かい?

 いや。

 彼女の予言の的中率は70%だそうだ。

 でも、かえってリアルな感じがするだろ。

 だから、議長はとにかく多くの予言を得ようとしているのさ。

 数が多ければそれだけ当たる事柄も多くなるからな。

 キラシャンドラの予言、一回いくらかかるか知ってるか。

 とんでもないよな。

 いや、議長の私費で払ってるらしい。

 さすがにな。

 俺たちには、一生縁のない話だ。

 それにしても、一度くらい、分厚い財布を持ってみたいもんだな。

 たっぷりと札束の詰まった。

 あの有名な、議長の長財布の中みたく、な。

 外が騒々しいな。

 またデモか。

 主催者は、例の研究所の奴らだな。

 

 お疲れ様です。

 案内役交代します。

 休憩行ってください。

 あとこれ、所長からの差し入れです。

 思った以上に増えましたね。

 え、そうですか。

 じゃあ、お言葉に甘えて。

 はい、今年入ったばっかで。

 デモも、初めてです。

 最初はちょっと恥ずかしかったですね、シュプレヒコール。

 ちょっと慣れてきました。

 あ、ありがとうございます。

 僕、学生の時に、マコトの端末を手に入れて。

 それがきっかけですね。

 もちろん。

 今でもよく聴いてます。

 最近は、そうですね。

 カエターノ・ヴェローゾかな。

 先輩もですか?

 嬉しいな。

 僕も好きです。

 名盤ですよね、『ホワイトアルバム』。

 軍事政権下にあった、大昔の地球の国で。

 独裁政権への抵抗運動として起こったカルチャームーブメント。

 トロピカリア。

 彼は、投獄もされてるんですよね。

 音楽や芸術が、抵抗運動の旗印となるなんて。

 僕たちにはちょっと実感できませんよね。

 でも、そんなこと関係なくても、いいですね、『Lost In The Paradise』、名曲ですよ。

 ところで先輩。

 あの噂、本当なんでしょうか。

 例の、予言者。

 キラシャンドラが、うちの上層部と秘密裏に会談しているらしいって。


 意外でしたか?

 こうやって、あなたたちと会うなんて。

 私は別に評議会お抱えというわけではありません。

 とは言え、そうですね。

 それに近い形になっているのは事実です。

 ただ、報酬さえもらえれば私は誰に対しても予言を行います。

 誰に対しても、です。

 あなたも、予測を行いますよね、メイガン。

 あなたたちは膨大なデーを元に未来を予測する。

 私は、感覚によって、未来を予知する。

 この力は、私たちの一族に備わったものです。

 正確に言うと、私たちの一族に備わった能力の一つ、です。

 私たちボル家は、特殊な能力を持った人間を生み出してきました。

 それを維持するため、私たちは近親婚を守っています。

 だから、私の名前は、キラシャンドラ・ボル。

 正式な名前も、一つの姓しかありません。

 いえ、こちらこそ。

 こういう場を設けていただいて、感謝しています。

 一度あなたたたちとは、ゆっくりお話ししたいと思っていたのです。

 それは、後ほど。

 その前に、お伝えしたいのですが。

 私の予言の的中率は、一般的には70%程度だと言われています。

 でも、実際は違います。

 100%です。

 私の未来予測が外れたことはありません。

 でも、予測のすべてを伝えることはしません。

 そこには、ジレンマが生じるからです。

 カサンドラのジレンマ。

 あなたはご存じですね、メイガン。

 もしも、私が悲劇的な未来を予測したとしましょう。

 多くの場合、それは当人たちにとって受け入れられない未来です。

 悲劇を予測したにもかかわらず、受け入れてもらえない。

 その結果、やはり悲劇は起こってしまう。

 では、予測を受け入れ、対策が取られ、悲劇が回避されたらどうでしょう。

 私の予測した悲劇は本当に起こっていたのか。

 その対策によって、不利益を被る人たちにとっては、そう思うでしょう。

 予測が当たっても、当たらなくても、予言者は苦悩する。

 それがカサンドラのジレンマです。

 だから私は、表向きは70%程度の的中率にとどめているのです。

 当たらないこともある、と。

 でも、実際は、よほど大きな対策が取られない限り、予測通りになります。

 さて。

 そのうえで、私はあなたたちに助言します。

 リトル・ルナを去るべきです。

 なるべく早く、地球に降下した方がいい。

 なぜなら、そう遠くない未来、といっても今から二百年以上先のことですが、リトル・ルナは滅びます。

 ここにいる人間すべてが死に絶えるでしょう。

 そうなる前に、あなたたちだけでも、ここを脱出すべきです。

 これは、リリィの出した予測とも合致しているはずです。

 私はリリィとのネットワークを持っていません。

 とある筋から聞いた話です。

 それはあなたたちもつかんでいると、私はみています。

 そして、もうひとつ。

 私が確信していることがあります。

 メイガン。

 あなたも、同じ予測を立てているのではないですか。

 評議会は倒れます。

 民主的な動きによって。

 しかし、次に主導者となる人間が、まともな人間だとは限らない。

 先ほど、私の一族には特殊な能力が備わった人間が多いと言いました。

 その能力に、人々を支配するようなものがあったら。

 そんな能力を持った人間が出現したら。

 ご存じのように、リトル・ルナでの武力行使は、全員の死を意味します。

 ここでの破壊行為は、ここにいるすべての人間の命を奪うことになる。

 でも、そうじゃない力があったら。

 リトル・ルナを壊さず、人々だけを壊す力。

 そんな力と権力が結びついたら。

 あなたはどうします、メイガン。


 その報告は受けている。

 あの子は優しい子だからね。

 キラシャンドラは。

 結局のところ、あの子の優しさだけでは世の中を変えることはできないんだよ。

 あの子がどう動こうと、もう大勢に影響はない。

 早晩評議会は倒れ、新しい指導者が生まれる。

 そして、僕たちは彼の剣、彼の盾となる。

 さあ、新しい未来の幕開けだ。

 それにふさわしい音楽をかけてくれたまえ。

 ああ。

 いいね。

 ワーグナーか。

 ワルキューレの騎行。

 胸が躍るね。

 では、出かけようか。

 我らの新しい主のもとへ。

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