23.パンケーキにアイスクリーム

 目が覚めたら、青空の下でした。

 私はどうしてこんなところに寝ているのでしょう。

 そうでした。

 思い出しました。

 ああ、この感覚。

 これが。

 光エネルギーが生み出した炭水化物。

 これが、炭素固定の感覚なんですね。

 体の中でぷくぷくと何かが泡立っている感じがします。

 ちゃんと機能してるみたいです。

 私は伸びをして、起き上がりました。

 一面、緑です。

 湖ができてる。

 びっくりです。

 振り返ると、私たちの塔がありました。

 もともと白かった塔は、今は緑色です。

 びっしりと緑の苔に覆われています。

 すごい。

 バイタル正常。

 放射線は少し基準値を超えてるくらいですね。

 デイジー、記録できてますか。

 よかったです。

 意識も問題ありません。

 記憶も、たぶん大丈夫です。

 昨日の出来事ですか。

 ええと。


 こうやって、みんなと食事するのも最後ですね。

 そんな顔しないでください、エリー。

 誰かがやらなければならないし、今の責任者は私ですから。

 プロジェクトリーダーが全ての責任を負う。

 それがツェリンやミシガンの教えです。

 後は頼みましたよ、みんな。

 さて、それで、最後に何を食べようかって、悩んだんですけど。

 やっぱり一番好きなものがいいかなと。

 ええ、はい。

 パンケーキにしました。

 果物と、シロップもたっぷり。

 それになんと、アイスクリームも添えちゃいます。

 代替クリームじゃないですよ。

 ふふふ。

 いいですよね、最後ですから。

 ああ、ごめんなさい、エリー。

 もう、最後って言いませんから。

 パンケーキは小さい子たちと一緒に作ったんですよ。

 ツェリンのあの歌を歌いながら。

 そう。

 メランジュ! ブランジュ! ラグランジュ!

 昔よく歌いながら、みんなでお菓子を作りましたよね。

 さあ、食べましょう。

 デイジー、何かかけてください。

 そうですねぇ。

 パンケーキにアイスクリームですからね。

 厳かな曲がいいですね。

 え。

 変ですか。

 ですよね、いいですよね。

 じゃあデイジー、お願いします。

 ああ。

 アヴェ・マリアですね。

 シューベルトの。

 いいですね。

 今の私の心境にぴったりです。


 ちゃんと覚えてますよ、デイジー。

 昨日の出来事。

 アヴェ・マリア。

 確か、もともとは『湖上の美人』という叙事詩なんですよね。

 城を追われた貴婦人が、聖母マリアに助けを求めてつぶやく祈りの言葉。

 そして今、私の目の前にも湖があります。

 何か運命的なものを感じますね。

 私は貴婦人でも美人でもありませんけど。

 ありがとう、デイジー。

 お世辞でも嬉しいです。

 近くに水源があってよかった。

 たぶんこのまま十年は光合成だけで生きられそうです。

 ちょっと、塔の方を見てみましょう。

 うん。

 ちゃんと苔が機能していますね。

 この分だと、あと十年くらいで基準値以下になりそうですね。

 建物の完全有機化は、もっとかかりそうですけど。

 湖の水も、きれいです。

 湖底にもびっしり藻が生えてますね。

 エメラルドグリーン。

 美しいです。

 じゃあ、私も『湖上の美人』にならって、願い事をしましょうか。

 まずはやっぱり、放射性物質の無害化ですね。

 自分の研究成果でもありますし。

 今のところ、元素変換はきちんと行えているみたいです。

 でもそれも、ツェリン素子があってこそ。

 素子からの水素がなければ、私の有機多層膜が機能しませんから。

 それと、私の体の中の人工光合成がこのまま機能し続けること。

 ヴェラ博士の先見の明はさすがですね。

 そして、無機物から有機物への変換。

 これはみんなの研究の成果ですね。

 特に、元素変換と有機物変換をひとつの微生物で行えるようにしたのは、みんなの力があったから。

 もちろんデイジー、あなたも。

 生き延びた地下集落でも同じ効果が出ていればいいのですが。

 また状況を知らせてください、デイジー。

 彼らの将来については。

 それは今は考えないようにしましょう。

 ああ、でも。

 私はマリア様を信じているわけではありません。

 誰にお祈りすればいいのでしょう。

 そうですね、これまでの塔の女性たちに。

 そうしましょう。

 ええ。

 一人ですね。

 みんなとの通信を断ってよかったです。

 さすがにちょっと自信がありません。

 ツェリンの報告書に書いてありました。

 地球に降りてから、本当の孤独を知ったって。

 でも私にはあなたがいますから、デイジー。

 ここでまだいろんな研究もできそうですし。

 毎日、曲をかけてくださいね。

 ほんとうに、きれいです。

 え。

 いえ、大丈夫です。

 そうじゃなくて。

 この体の色。

 これも、悪くないなって。

 この、ライトグリーンの体も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る