34 最終決戦
数日後。レクスとキング、護衛たちは城のエントランスでその時を待っていた。勇者パーティの三人は緊張した面持ちで、どこか落ち着かない様子だ。
先日、世界王国から届いた報せは、魔族の提案した人間の国との不可侵条約を認めるというものだった。世界王国は最も重い罪を戦争だとしているが、申請がなければ仲裁することができない。戦争を防ぐためには、世界法立会人のもと条約を締結することが最も有効的だ。世界法が適用されなければ、戦争は避け得ないだろう。世界王国は、魔族の国と人間の国との戦争を避けるため、世界法立会人の派遣を認めたのだ。そして今日、調印式が行われる。
「あとは」フェンテが言う。「人間側が応じるだけですね」
「応じざるを得ないよ。さすがに世界法には逆らえないさ」
いつもの穏やかな調子で言うキングに、フェンテは小さく頷いた。
緊張しているのはレクスも同じだ。世界法立会人が召喚されれば、おそらくすべてが終わる。しかし、もし自分が何か失敗してしまったら、と考えると体が強張った。
キングが彼の肩を抱き寄せるので、レクスは顔を上げる。
「そんなに緊張する必要はない。世界法立会人に任せておけば大丈夫だよ」
「……はい」
そこに、金属音を伴った足音が聞こえてくる。宮廷騎士隊に連れられて彼らのもとへ歩み寄るのは、アレイトを先頭にした人間の代表者の五人だった。その姿に、護衛たちの空気が凍り付く。
「アレイト」と、フェンテ。「なぜきみがここに」
「あんたがいなくなったから、あたしが新しい勇者に選ばれたのさ」アレイトは肩をすくめる。「いつ魔王が戦争を仕掛けて来るかわからないから、我が国には勇者が必要ってわけ」
人間の王は何を考えているのだろう、とレクスは思った。今日は不可侵条約を締結させるための調印式。この先、魔族が人間の国に侵攻することは有り得ないのだ。
「……世界法立会人はまだ来てないんだ」
辺りを見回してアレイトが言う。それから、にやりと不敵に口端をつり上げた。
「じゃあ、これが最後のチャンスってわけね」
その言葉に宮廷騎士が剣を抜くより先に、アレイトが指をぱちんと鳴らす。アレイトを中心に生じた波動が、魔族たちを吹き飛ばした。床にしたたか体を打ち付けた魔族たちは、重力に圧し潰されたように動けなくなってしまう。
「アレイト! なんのつもりだ!」
フェンテとキールストラ、アンシェラが魔族たちを背にかばった。魔族だけに効く攻撃のようだ。
「魔族なんてこの世界に要らないじゃん。下等種のくせに偉そうにして、ムカつくんだよね!」
アレイトが剣を鞘から抜くと、他の四人もそれぞれ武器を手にする。人間は、飽くまで魔族と争うつもりらしい。
レクスは全身の血が沸き立つのを感じた。ひとつ息をつくと、腕に力を込める。パキンと甲高い音が響き渡ると、宙に手をかざし杖を取り出した。アレイトがチッと舌を打つ。
「アンチグラビティか……」
「やめろ、レクス!」
キングが声を上げた。レクスが足を踏み出そうとするのを、アンシェラが飛び付いて止める。
「レクス、駄目! 傷付けたらぜんぶ水の泡になっちゃう!」
「はは、かかって来なよ!」
高らかに笑うアレイトにレクスが杖を振り上げた、そのとき――
「そこまでだ」
耳の奥に響き渡る声。りんと鳴る鈴の音とともに、背の高い細身の女性が降り立った。華やかな刺繍の施されたローブを身に着け、手には分厚い本がある。世界法立会人だ。
世界法立会人がレクスのひたいに触れると、レクスはハッと我に返った。しがみついていたアンシェラとともに崩れ落ち、わあ、とふたりは声を上げる。
「
「ちょっと待ちなよ!」アレイトが声を上げる。「なんで魔族に肩入れするのさ!」
「人間は世界法を犯そうとしている。世界法における最大の罪は戦争。それを阻止するのが我々の役目だ」
「いままで引っ込んでいたくせに!」
怒りを
「お前は世界法を何も知らないらしい。話していても時間の無駄だ」
世界法立会人が宙に手のひらを向けると、紙と羽ペンがその手に現れる。世界法立会人はレクスにそれを差し出した。
「
レクスは羽ペンを受け取り、キングに教えられた通りにサインをする。世界法立会人は同じようにアレイトを振り向いた。アレイトは納得がいかないという表情で、なかなかペンを取ろうとしない。
「アレイト」フェンテが言う。「世界法立会人が取り決めたことだ。お前が反抗すれば人間が反抗したことになる。従わないと人間の立場が悪くなるぞ」
アレイトは少しのあいだ黙ったあと、チッと舌を打って不承不承にペンを手に取った。乱暴にサインすると、鼻を鳴らしてきびすを返す。
「人間はこの場より即刻、退去せよ」と、世界法立会人。「隠れている者もひとり残らずだ」
やはり隠れていたか、とレクスは心の中で呟いた。あのとき、アンシェラが止めに入らずレクスがアレイトを攻撃していれば、隠れていた者も含め人間側の応戦に遭ったことだろう。だが、ここにいるキングと護衛たちには何人が掛かって来ようと敵うはずはないのだ。
人間たちが城をあとにするのを見届け、ではな、と世界法立会人は去って行った。レクスはようやく体の力が抜け、深く息をつく。
「終わりましたね」
アンシェラが微笑む。レクスは小さく頷いた。
「あれ?」フィリベルトが首を傾げる。「フェンテとキールストラとアンシェラちゃんは人間っスけど、いいんスか?」
「三人はレクスの直属になったからね」と、キング。「立会人も何も言わなかったということは、認められたということだよ」
「本当によかったのですか?」
レクスがそう問うと、三人は一様に力強く頷いた。
「もちろん!」アンシェラが言う。「ずーっと仕えさせてください!」
「民が我々を認めてくれるかは、また話が別でしょうが」と、キールストラ。「認めてもらえるように尽力します」
「こんな良き王に仕えることができて、俺たちは幸運ですよ」
フェンテの言葉にアンシェラとキールストラが、うんうん、と頷くので、レクスは思わず笑った。
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