35 エピローグ カルラの手記
人間の国との不可侵条約が締結され、この国の緊迫が多少なりとも緩まると、レクスも安心されたのか表情が柔らかくなった。キングの愛が伝わったこともあるだろう。
そうして先の一件から数日が経ったある日、こんな声が執務室から聞こえてきた。
「絶対に嫌です!」
レクスのお声だった。ちょうど廊下の向こうから歩いて来た勇者パーティの三人も、その声に気付いたようできょとんとしている。
「どうしたんですか?」
ノックしてからドアを開けたアンシェラ嬢が問いかけると、レクスは険しい表情をされていた。それに対してキングはのほほんと微笑んでおられる。
「結婚式を挙げてさ、レクスの花嫁姿を見たくないか?」
なるほど、と我々は納得していた。それで先ほどの声に行き着いたのである。
「え~素敵~見た~い」
アンシェラ嬢が瞳を輝かせた。
確かに、レクスの花嫁姿は素敵だろう。その可憐さが際立ち、美しき花嫁となるに違いない。しかしそんなことはおくびにも出さない。アンシェラ嬢を除いて。
「絶対に嫌です」
レクスは眉間にしわを寄せる。その表情に、キールストラ殿が首を傾げた。
「結婚式がそんなに嫌ですか?」
「百歩譲って結婚式を挙げるにしても、花嫁衣装は絶対に嫌です」
「結婚式はいいの?」
にこやかに仰るキングに、レクスの表情がさらに険しくなる。
「百歩譲って、です」
「じゃあ譲ってよ」
「嫌です」
つっけんどんにレクスがついとそっぽを向くと、アンシェラ嬢がくすりと笑った。
「キングはレクスが自分のものだって主張したいんだ」
「知らしめておかないとね。狙われるかもしれないし」
そう仰って、キングは肩をすくめる。その言葉に、レクスは不満げな表情になった。
「私が他の誰かに心移りすると思われているのですか?」
キングはきょとんと目を丸くされ、それからレクスを抱き寄せた。
「思っていないよ、私の可愛いレクス」
頬を染めたレクスが、勇者パーティの三人が微笑ましいという表情をしていることに気付いて耳まで真っ赤になられた。照れ隠しのようにキングの肩を押し戻されるので、レクスがキングに対して素直になられるまでまだ時間がかかりそうだ。
おわり
魔王討伐後の新魔王は苦悩する 加賀谷 依胡 @icokagaya
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