15 人間の申し出

 レクスは目を覚ますと、自分の腰に回された腕にすぐに気が付いた。背後を振り向けば、なぜかキングが添い寝している。朝一番に見る美形は心臓に悪い。

 起こさないようにそろりとベッドを降りようとしたとき、腰に回された腕に力が込められた。布擦れの音で振り向くと、キングが起き上がってレクスを引き寄せる。

「おはよう、レクス。よく眠れたか?」

「起きてらっしゃったんですか」

「お前の寝顔を拝んでいたのさ」

「悪趣味です」

 レクスは腕を振り払ってベッドを降りようとするが、キングの力に敵うはずもなく。レクスを抱きすくめ、キングは満足げに笑った。

「こうしていると、一夜をともにしたような気分だ」

「からかうのはやめてください」

 頬を赤くするレクスに、キングは悪戯っぽくまた笑う。

 何が面白くて人の寝顔など見ていたのだろう、と考えていたとき、部屋のドアがノックされた。それに気を取られた一瞬の隙にキングの腕を抜け出し、どうぞ、とレクスは応える。部屋に入って来たのはイーリスだった。

「おはようございます」

「おはよう、イーリス」

「ご気分はいかがですか?」

「悪くないよ」

 イーリスはどこか安堵したように微笑んで、朝の支度の準備を始める。うーん、とレクスは首を傾げた。

「何か良い夢を見たような気がする」

 それを聞いたキングがにやにやと笑うので、なんですか、とレクスは顔をしかめた。


   *  *  *


 手早く朝食を済ませて執務室に行くと、ブラムがさっそく報告書を持って来た。直接に渡して来たということは、急ぎの報告書のようだ。

「人間から視察の申し出があります」

 レクスは怪訝に顔をしかめる。先のレクスの視察の直後ということもあり、レクスの人間に対する心証はよくない。申し出た人間はそれを知らないのか、知っていて申し出たのかはわからない。

「正式な申し出ではなく、個人で申し込んできたようですね」

「個人で……。何が目的なのでしょう」

 書面を見る限り、争う姿勢は見受けられない。だが先の視察でも書面上は敵意を感じなかった。人間が何を考えているのか、レクスにはよくわからない。

「私の知り合いだよ。今回、来るのは三人だ」

 キングがあっけらかんというので、レクスとブラムは揃って怪訝な視線をキングに向ける。

「人間の知り合いがいたのですか?」

「ああ。前回の視察のことは聞いている。その詫びをしたいそうだ」

 キングには悪いが信用できない、とレクスは思った。そもそも個人的に申し出るということに疑問が湧く。それもたった三人で。魔族がどういった種族であるのか把握していないということだろうか。

「会ってみたらわかるよ」

 眉間のしわが深くなるレクスに、キングはあくまで穏やかに言う。キングは信用しているということなのだろう。

「……わかりました。キングがそこまで仰るなら」

 不承不承に頷いたレクスに、キングは柔らかく微笑んだ。

 レクスは視察を受け入れる書面をブラムに指示し、別の書類を手に取った。南の町からの報告書だ。

「南の町は無事に雨が降ったようだね」

「そうですね」

 先日、視察に行った南の町は、長らく雨が降らない日が続いていた。神官が回復したことにより雨乞いの儀式を行うことが可能になり、無事に雨が降り出したようだ。

「雨乞いの儀式のことに気付いたのはキングですし、人間の知恵がなくても、魔族だけで解決できることは多いはずです」

 報告書にサインをしながらレクスが言うと、キングは表情を変えずに彼を見遣る。

「確かに人間の国より文明は遅れているかもしれませんが、魔族も知能が低いわけではありません。きっと文明だって遠くなく人間に追いつくはずです」

 顔をしかめるレクスに、キングはふっと笑った。

「随分と人間が嫌いになったみたいだね」

「先の視察は酷かったですから」

「まあね。私も新しい王を狙っているとは思っていなかったよ」

「魔族をよく思わない人間が一定数いるということですね。人間は争いを好むようですから、いつ軍をけしかけて来るかわかりません」

 たとえば、視察を申し出た三人が侵攻の先触れということも有り得る。もし人間が、魔族側から攻撃を仕掛けさせ先の戦いでの自分たちの侵攻を正当化しようとしているなら、三人をひとつでも傷付けるわけにいかないだろう。

「大丈夫だよ」キングが穏やかに言う。「三人に戦う気はない。そんなに肩肘張らなくてもいいんじゃないか?」

「少しでも魔族の被害を出すわけにいかないんです」

「重く考えすぎだよ。個人的な視察で、国は関係ないんだから」

「……まあ、キングを信用します」

 だからと言って人間も信用するというわけではないが、キングが脅威と見なしていないなら敵意を向けるわけにはいかない。戦争の火種を作ってはならないのだ。

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