16 解放

 私室に入ると、その途端に張り詰めていた緊張が解け、疲れがどっと溢れ体が重くなる。そうして、私室に戻るなりベッドにダイブするのだ。そんなレクスに、イーリスはくすくすと笑う。

「今日もお疲れ様でございました」

「ありがとう……」

 基本的にデスクについて報告書を確認する作業が多いため、体はさほど疲労感はない。問題は精神面だ。王として正しい判断をしなければならないという重責が、精神的な疲労を溜めていくのだ。

「人間が信用できるかどうかなんてわからないよ……」

「キングの戦いでは、魔族の被害も少なくありませんでしたからね。無理もないことですわ」

 レクスは先の戦争のことはよく知らない。人間からの侵攻であったこと、それからキングが勇者パーティに討伐され戦いが終結したこと……それくらいしか聞いていない。戦争は人間側の勝利であったため、すぐに人間と手を取れと言われても土台無理な話である。

「キングのことは信用してるけど、だからって人間まで信用するなんてできないよ」

 視察を申し出て来た三人を、キングは信用しているらしい。しかし、キングは以前から人間の手を借りるよう進言していた。人間に対して不信感は懐いていなかったのだろう。それでも、レクスが人間を信用する理由にはならない。

「キングを信じましょう」と、イーリス。「きっと何かお考えがあってのことですわ」

「……そうだね」

 キングが考え無しに行動を取ることはない。イーリスの言う通り何か思惑があるのだろうが、レクスには想像の及ばないことだった。

 ドアがノックされるので、どうぞ、とレクスは溜め息混じりに言って起き上がる。ドアを開けたのは、レクスの予想の通りキングだった。

「私の可愛いレクス、元気だったか?」

「さっき会ったばかりじゃないですか」

 お茶を淹れて参ります、とイーリスが部屋を出て行くと、キングはレクスを抱えてソファに腰を下ろす。

「今日は私室まで来るなと怒らないのか?」

 優しく頬を撫で微笑むキングに、レクスは目を逸らした。

「……昨夜きのうはすみませんでした」

「ん?」

「その……酷いことを言ったので……」

 レクスが口ごもると、キングは愛おしむように目を細める。

「酷いことだなんてことはない。あんなの可愛いものさ」

 確かにその通りかもしれない、とレクスは思った。キングは三百年間も王を務めていた。レクスの想像の及ばない様々なことを言われてきただろう。レクスにはまだその経験はないが、どれだけ憎まれ口を叩かれても王として耐えなければならないのだ。

 キングの目を見ることができず、レクスは俯く。キングが彼の頬に触れて強引に目を合わせた。

「お前は本当に可愛いな」

 頬が熱くなる。幾度となく言われている言葉だが、いまだに慣れることができない。

「あの……」レクスは誤魔化すために言った。「視察を申し出た三人は、本当に信用できる人間なんですか?」

「ああ、心配ないよ。そもそも、お前を害する可能性のある者を国に入らせるのは有り得ないよ」

「……そうですか」

「もしそんなことがあれば、私が三人の首を斬るしね」

「それは、戦争の火種になるのでちょっと……」

「戦争になろうが私はお前を守るよ」

「先代王のやることとは思えません」

「冗談だよ」

 悪戯っぽく笑って、キングは優しくキスをする。キングはその気になれば国ひとつ滅ぼすことなど容易いことだろう。それほどまでに想われていると考えると、胸が苦しくてたまらない。

 キングは愛おしむように微笑んで、レクスの肩を引き寄せた。

「この先なん百年とお前とともにいられるなんて、私はそれだけで幸せ者だ」

「私はそれほど長く王を務められないと思いますが」

「私が続けさせるさ」

 キングのサポートがあれば、レクスでも王を続けることができるかもしれない。その自信はまったくないが、投げ出すことは許されないだろう。

「……私を、ひとりにしないでくださいね」

 キングの手に触れながら言うレクスに、キングはその手を優しく包み込む。

「お前がうんざりしても一緒にいるさ」

 そして、またキスをした。

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