17 幕間 カルラの手記
1
キングとレクスは、最近とても良い雰囲気だ。キングの想いがレクスに届き始めているということだろうか。
キングが仰るように、レクスの可愛らしさは群を抜いている。もともと童顔ということもあるが、王の座に就いたばかりの頃は、いわゆる「あか抜けない」お方であった。薄い浅葱色の髪はざっくばらんで、充分な手入れが施されていなかった。それを侍従が整えてからはその可憐さに磨きがかかったようだった。体の線も細くしなやかで、身長もキングより頭ひとつ分も低い。ご本人は少女と見間違われることが非常に不服であるようだが、その愛らしさに魅了される者は少なくない。とにかくお可愛らしいお方である。
今日は、仕事を終えたあと、レクスが何やらそわそわしていた。
ブラムやフィリベルト、ルドが執務室をあとにする中、レクスはデスクのそばで手を組んだり離したりしていた。レクスが残っているため、キングも出て行こうとしない。
「……キング……」
「ん?」
意を決したように口を開くレクスに、キングは首を傾げる。
「あの……」
「どうした?」
「……今日は……」
「うん」
「その……か、可愛いと言ってくださらないのですか?」
私が見ていることにはお気付きにならなかったようだ。
私は空気。そう、壁と一体化するのだ。
このときのキングの表情は、筆舌に尽くし難い。
キングはレクスを力一杯、抱き締めた。そして――
「お前は今日も明日もずっと可愛いよ!」
その声は城中に響き渡ったという。
2
今日は給仕の女の子たちがレクスとお喋りをしていた。使用人が王に私語をするなど本来なら無礼な行為であるが、レクスは使用人と話すのが好きなご様子だ。レクス自身が許容しているのだから、我々にそれを咎める権利はない。
「キングって背が高くて首が疲れる~」
「そうですか? 確かに身長は高いですが……」
「レクス、あれだけキングと一緒にいて首が疲れないんですか?」
「特には……」
レクスは気付いておられないが、キングはレクスと接するときだけ腰を屈めておられるのだ。レクスの首が疲れないのは当然なのである。それに気付いてもらえないキングの心情は察するに余りある。
「でも、なんと言ってもキングはとにかく美形ですよね」
「それに加えてお優しい方でいらっしゃいますものね」
「そんなお方に愛されてらっしゃるなんて、レクスが羨ましいですわ」
そう言って女の子たちが微笑むので、レクスは真っ赤になって俯いた。いつもキングを突っ撥ねておられるレクスだが、愛を囁かれるのはいまだ慣れることができないようだ。とは言え、慣れて流すようになってはキングが不憫である
「あなたたち、そろそろ仕事に戻りなさい」
私が声を掛けると、はい、と女の子たちは背筋を伸ばす。レクスに辞儀をして、仕事に戻って行った。
「あの者たちがご無礼を。申し訳ございません」
「いえ、無礼だなんてことはありません。明るくて楽しい方たちですよ」
「よくしていただいて感謝しております」
いつも険しい表情をされているレクスだが、使用人と話をしているあいだはそれが和らいでいるように見える。任務外のお喋りがリラックスの時間になっているようだ。私はそれを承知しているため、レクスが使用人たちとお喋りをなさることを止める気は毛頭ない。少しでも緊張が和らぐなら、それはレクスにとって大事なことだろう。
3
「レクスが一度も笑ってくれないんだ」
キングがそう零されたのは、レクスが王となって半年が過ぎた頃だった。確かに、レクスが自然に笑っておられるところは拝見したことがない。使用人と話をしているあいだは緊張が和らいでいるようだが、それでも笑顔は見られない。キングはレクスの仕事中の表情しかご覧になっていないため、レクスがいつも張り詰めた表情をなさっているところしかご存知ないのだろう。
「いまは王の責務で緊張されているだけですわ。きっと、もっと慣れたら緊張も解けて笑顔が見られるようになりますわ」
私がそう申し上げると、キングは急に真顔になられた。
「レクスの笑顔……。私、浄化されないかな」
私は失礼ながらも、ふふ、と笑ってしまった。
「あのレクスのことですから、そういった効果がある可能性は捨て難いですわね」
「できれば、レクスが初めて笑顔を見せる相手は私であってほしいな」
「そうなることをわたくしも祈りますわ」
「ありがとう」
キングが微笑まれるので、私の背後で給仕の女の子たちが吐息を漏らしたり小さく黄色い声を上げるのが聞こえた。キングの微笑みは、婦女子を魅了して止まない。
4
「キングは背が高いですね」
仕事を終えひと息ついているとき、伸びをしたキングを見てレクスがふと仰った。
「お前よりは高いね」
「私ももっと伸びるでしょうか……」
「伸びてほしくないに全票を入れる」
「ないですよ、そんな投票」
私も全票を投じようと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます