18 人間の登城

 謁見の間では、人間の視察団を迎え入れる準備が進められている。レクスには王の威厳を出すために少々華美な服と、万が一のときのための各種耐性を上げる装飾品が用意された。

「今日は被衣かつぎはいらないのですか?」

「今回は必要ありません」と、ブラム。「もし人間にレクスの顔が伝われば、今日の三人だとすぐに判明しますから」

 カルラに促され、レクスは王座に腰を下ろす。キングが立っているのに自分がこの椅子に座るのは、なにかそわそわする。しかし王としてここで堂々としていなければならないのだ。

「それから、今回は正式な視察ではありませんので、発言していただいて構いません」

「私が発言すると、迂闊なことを言ってしまいそうですが……」

「情報が洩れる可能性があれば、三人の首を斬ればいいだけのことですから」

「いや、それはちょっと……」

 キングも同じようなことを言っていたが、キングにもブラムにもその気はないことは明らかだ。人間に万が一のことがあっては、戦争の火種を作ることになってしまう。それは避けなければならないことだ。

 それにしても、とレクスは考える。もし人間からなんらかの提示がなされた場合、自分が判断しなければならない。その判断を間違えるわけにはいかない。わざわざ視察を申し出たくらいだ。なんらかの目的があるのだろう。

「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ」

 キングがレクスの肩をたたいた。

「人間の友人が会いに来たくらいの構えでいいから」

「人間に友人なんていません」

「気分だよ、気分」

 そう言って、キングは微笑む。キングがそこまで言うなら、緊張する必要のない者たちなのかもしれない。だが、目的がわからない。それを見極める必要があると考えると、どうしても体に力が入った。

「人間の視察団が到着しました」

 ビシッと敬礼をしてフィリベルトが言う。そのあとに続いて謁見の間に入ってきたのは、明るい茶髪と青い瞳の青年、綺麗な金髪をウェーブにして肩にかける少女、短い黒髪の細身の青年の三人だ。

 見たことのある顔ぶれに、レクスは思わず立ち上がった。

「勇者パーティの……!」

 レクスの前に跪いた三人が、きょとんと目を丸くする。

「なぜ我々のことを……」

「あっ」少女が声を上げる。「もしかして、被衣かつぎを被ってた……」

 レクスが怪訝に振り向くと、キングは肩をすくめた。

「勇者のフェンテ、魔法使いのアンシェラとキールストラだよ」

「そんなことはあとでいいんです。なぜ勇者パーティを城に入れたのですか」

「私の友人だからだよ」

 いよいよわけがわからない、とレクスは眉間にしわを寄せる。キングはあくまで穏やかな笑みを崩さない。人間を国に入れるだけであらゆる危険性があると言うのに、あまつさえキングを討伐した勇者パーティの視察を許可したなど。最終的に判を押したのはレクスだが、まさかこの三人が来るとは思っていなかった。

「堅苦しくしなくて大丈夫だから立ちなよ」

 三人に向けて言うキングに、レクスは三人に視線をやる。レクスが頷くと、三人はほっとしたように立ち上がった。

 ブラムが手振りで騎士たちを下がらせる。最後のひとりが謁見の間を出て行くのを確認して、レクスはまた王座に腰を下ろした。

 レクスが視線を向けると、勇者のフェンテが口を開く。

「先日の視察での外務官の非礼、申し訳ありません。今回は謝罪も込めてお伺いしました」

 ということは他にも目的があるということか、とレクスは心の中で呟いた。その真意は測り兼ねるが、敵意がないことは明らかに思える。

「人間は随分と好戦的なようですね」

 レクスは冷ややかな声で言う。その途端、三人の表情が凍り付いた。

「あたしたちに戦う気はありません」と、魔法使いのアンシェラ。「魔族と戦おうだなんて、これっぽっちも思ってないです」

「……わかってます。私が視察へ行ったとき、あなたたちは丸腰でしたから」

「そんなところまで見られていたんですね」

 魔法使いのキールストラが感心したように言った。

「レクス、お前も承知の通りだが」と、キング。「この三人に戦う気はない。だが、人間のお偉方が戦争を企てている」

「こちらからの攻撃を誘って、すぐに反撃できる準備を整えているということですね」

「ああ。そうなれば、魔王討伐の功績があるこの三人は間違いなく駆り出される」

 勇者パーティと言えど、おそらく三人は平民。もし上位の者から招集命令が下されれば、彼らに拒否することはできないだろう。もし戦争が始まれば、前回と同様に、魔王――つまりレクスを討伐しなければ戦いは終わらない。それは魔族にとって防がなければならないことだ。

「だから、その前にここに避難させてしまえばいいと思ったのさ」

 キングはあっけらかんと言う。それを咎めるのはあとにすることにして、レクスはまた三人に向き直った。

「王が代替わりして戦争を望んでいないと聞きましたが」

「王に戦争をする気はありません」フェンテが言う。「ただ……」

「周りが変わっていない、ということですか」

 三人の表情が曇る。彼らも望んでいない戦いに巻き込まれたのであれば――同情こそしないもの――災難だったと思う。

「……キング。聞かなければならないことがあります」

 レクスが毅然と言うと、キングは静かに頷いた。

「あなたはこうして生きているのに、なぜ討伐されたことになっているのですか」

 それはレクスが王座に就いて以来、ずっと疑問に思っていたことだ。今回ばかりは、その事実を無視することはできない。それは、魔族のために解かなければならない問題なのである。

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