19 戦いの理由

 勇者パーティによる魔王討伐の激震が魔族のあいだに走ったのが半年前のこと。しかし、その魔王であるキングは生きている。そのことは魔族の民にも知れ渡っている。討伐されたという情報だけが独り歩きしているのだ。

「簡単なことだよ」

 キングが静かに口を開くと、勇者パーティの三人の表情が緊張で強張った。

「彼らに私を討伐する気はなかった。だが、私を倒さなければ彼らは国に帰れない」

 勇者パーティの役割は魔王を討伐すること。そうして国を出たのなら、彼らにはその責務を全うする必要があっただろう。

「だから、私を討伐した証拠として私の角を持たせたのさ。それで私が退位し、私が討伐されたと見せかけた。そうしなければ、戦いは終わらなかったからね」

 魔王討伐により戦いは収束した。魔族は人間を滅ぼすわけにはいかず、戦いが長引けば魔族の被害が拡大していくばかり。キングの判断は、考え得る策の中で最善のものだっただろう。

「……お話はわかりました」

 一呼吸を置いて、レクスは言った。勇者パーティの三人はまだ緊張した面持ちだが、レクスはブラムを振り向く。

「ブラム。イーリスに言って、客間を用意させてください」

「承知いたしました」

 謁見の間を出て行くブラムに、三人はきょとんとし、キングは少し安堵したように微笑む。果たして正しいのかはわからないが、レクスが採るべき行動はひとつだけだ。

「あなたたちの滞在を認めます」

「いいんですか?」

 驚いて声を上げるフェンテに、レクスは肩をすくめた。

「そのほうが魔族にとって都合がいいというだけです」

「どういうことですか?」

 アンシェラが首を傾げる。彼らにはしっかり説明する必要があるだろうと、レクスは硬い口調のままで続けた。

「キングのもとへ辿り着けたのは、人間の軍の中であなたたちだけだそうです」

「そうなんですか?」

 キールストラがキングに問いかけた。

「そうだよ」と、キング。「他の人間は私のもとへは辿り着けなかった」

 へえ、と三人の声が重なる。人間側の戦況については知らされていまかったようだ。勇者パーティとの連携を怠るなど、人間軍の戦術が甘いように感じられる。

「あなたたちは魔族にとって最大の脅威です」レクスは言った。「あなたたちを目の届くところに置けば、危険性は下がりますから。ですが、滞在中は不自由はさせません」

「……ありがとうございます」と、フェンテ。「お心遣い、痛み入ります」

「しばらくは見張りを付けさせてもらいます」

「はい。承知いたしました」

 三人は安堵した様子で辞儀をする。ようやく緊張が解けたような表情だ。キングも柔らかく微笑み、レクスの肩に手を遣った。

「寛大な心遣い、感謝するよ」

 レクスは顔をしかめ、その手を払う。

「キングにも聞かなければならないことがありますから」

「わかったよ」

 その様子に、アンシェラがくすりと笑った。

「キングより王様のほうが強いみたい」

「レクスが強いんじゃないよ?」キングは肩をすくめる。「私がレクスに弱いだけさ」

「カルラ」レクスは流して言う。「応接間の支度をしてください」

「承知いたしました」


   *  *  *


 応接間のテーブルに五人がつくと、カルラがティーカップをそれぞれの前に置いた。紅茶の甘い香りが、三人の緊張を解きほぐしたように見える。

「まずは戦いに至る経緯を教えてください」

 レクスの言葉に、フェンテが口を開いた。

「戦いの原因は、人間の愚かさにあります。ある町が疫病に冒され、それを前王が魔族による攻撃だと主張したんです」

「当時は」と、アンシェラ。「私たちもそれを信じきってしまいました」

 それだけ人間は魔族を敵視していたということだろう。その前王の言葉を信じた者が多かったのは、魔族がそういった攻撃を仕掛けて来ると確信を持っていたということだ。

「すぐに軍が組まれ、この国への侵攻が始まりました。ですが、人間たちが思っていた以上に魔族は強かったんです」

「軍はすぐに壊滅しましたが」キールストラが言う。「死者はひとりもいませんでした」

 人間が好戦的だったとしても、魔族もそうとは限らない。魔族にとって望まぬ戦いであったため、魔族に人間を害する気はなかった。魔族が人間を屠れば、戦いが長引く結果にも繋がる。魔族にとって、人間の犠牲を出さないことが不可欠だったのだ。

「これだけ強い者たちが、ひとつの町を魔法で攻撃するなんておかしいと、そのときようやく気付きました。そこで、町の信用できる魔法使いに報せを出しました。その魔法使いが、疫病だと教えてくれたんです。しかし、前王に報せを出しても、また新たな軍が組まれていました」

 人間はなんとしても魔族を滅ぼすつもりでいたということだ。開戦のきっかけはなんでもよかったのだろう。明確で強力な敵意を持つ王のもと、民も魔族が敵であると刷り込まれていったのだ。

「俺たちが魔族の王を討伐しなければ、戦いは終わらない。そこで、俺たちと戦うつもりがなかったキングにそれを打ち明けたんです」

「それで、キングが角を持たせてくれたんです」と、アンシェラ。「人間の王はそれで満足して、戦いは終わりました」

「……なるほど」

 魔族はそれを知らないはずだ。もしそれを知らされていれば、反発する者は少なくなかっただろう。キングが生きていると知れ渡ったいまでも、その理由を知らない者がほとんどだ。知っていたとしても、人間への恨みは変わらなかっただろうが。

「王は代替わりしたようですが」

「そうですね」フェンテが頷く。「魔族との戦いの正当性を疑った者、それから疫病に冒された町の民が引きずり下ろしました」

 レクスが顎に手を当て考え込むと、代わりにキングが口を開いた。

「魔族を敵視していたのは王だけじゃなかった、ってことだね」

「はい」キールストラが頷く。「人間はいつでも魔族の隙を狙っています」

 先日の視察でも、外務官は魔族と友好関係を結ぶ気は毛頭ない、といった様子であった。魔族が隙を見せれば、いつでも戦いを始める準備をしているだろう。それも、魔族側からの攻撃と見せかけ、自分たちの正当性を主張するはずだ。

「……情報提供、感謝します」

 そう言って、レクスはブラムに視線を遣った。ブラムが小さく頷くと、三人を振り向いてひとつ息をつく。

「堅苦しい話はこれくらいにしましょう」

 柔らかく言うレクスに、三人は安堵した表情になった。

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