20 愚かな王
冷めた紅茶の代わりをカルラが淹れ直すと、三人はようやく肩の力が抜けたようで和やかな雰囲気となった。
「ここに避難するのは構いませんが」レクスは言う。「ご家族はどうされているのですか?」
「俺の両親は田舎で暮らしています」と、フェンテ。「手紙のやり取りだけで、ここ数年は会うこともなかったので、大差ないですね」
次に口を開いたのはキールストラだった。
「僕の両親と姉はみんな王宮に仕えているので、正直なところ関わりたくないですね」
「あたしはもともと親はいなくて」アンシェラが言う。「妹は病気で亡くなったから、家族はいないかな」
レクスは思わず顔をしかめた。ユリアのことを思い出してしまった。
ひとつ息をついて気を取り直し、レクスはさらに言う。
「この国に滞在するとなると、国外には出られなくなりますが……」
「まったく問題ありません」フェンテが笑う。「むしろ、人間の国に俺たちの居場所がないくらいでしたから」
「王の誤った判断で魔王を討伐したことで、白い目を向けられていたんです」と、キールストラ。「人間より魔族のほうが知的だと思っているくらいですよ」
「英雄扱いか罪人扱いか」アンシェラが言う。「そのどちらかって感じです」
魔族にとって、人間の王の判断は間違っていたことが歴然としている。人間のあいだでは魔族に対する心証は二分化し、王の判断を支持するか反発するかで割れるのだろう。
「滞在のお許しをいただいたと言っても」キールストラは静かに言う。「僕たちは人間ですから。魔族とは打ち解けられないかもしれませんが、せめて敵対関係から改善されればと思っています」
「……そうですね」
勇者パーティの滞在を認めたことを、魔族は快く思わないだろう。しかし彼らはこの城で保護しなければ居場所がなくなる。いくらかつての敵だったとしても、彼らを見捨てることは道理に反する。魔族の彼らに対する誤解をとくには時間がかかるかもしれないが、いつか理解し合えれば良い関係を築くことができるだろう。
「ひとつ疑問なのですが」レクスは言った。「なぜ魔族は人間に敵視されているのでしょうか」
「昔からの因縁ではないでしょうか」と、キールストラ。「昔には大きな戦争もあったようですし」
「キングはそのときのことをご存知ですか?」
レクスが振り向くと、キングは肩をすくめる。
「私の前の代だと思うよ。私が就任した頃には、互いに関わらないようにしていたからね」
「そうですか……。ブラム、人間の動向を探るよう手配してください」
「承知いたしました」
堅苦しい話は終わりだと言っておきながら、また難しい話をしてしまった、とレクスは息をつく。
「みなさんはどうぞ客室で休んでください。私の侍女が用意してくれているはずです。なにか必要な物があれば、ブラムかカルラに言ってください」
「ありがとうございます。お心遣い、痛み入ります」
案内に出て来たカルラに続いて三人は応接間をあとにする。レクスがひとつ息をつくと、キングが彼の手に自分の手を重ねた。
「寛大な心遣い、感謝するよ」
「……魔族にとっての利点を取っただけです。感謝される筋合いはありません。あなたにも、彼らにも」
顔を強張らせるレクスに、キングは優しく微笑んだ。
* * *
今日の分の仕事を終えたあと、レクスはある部屋の前でもたもたしていた。ドアをノックしようと手を伸ばしては、尻込みして手を組んだり離したりする。今日はやめて部屋に帰ろうと考えたとき、明るい声が聞こえてきた。
「レクス、どうしたんスか~?」
フィリベルトだった。声が高い、とレクスが口元に人差し指を当ててもフィリベルトにはわからないようだ。
「キングに用があるんスか?」
そう言うや否や、フィリベルトがどんどんと部屋のドアをノックする。
「あっ、ちょ、フィリベルト――」
「キング! 夜分遅くに失礼します!」
フィリベルトの激しいノックに、どうぞ、と部屋の中から応える声が聞こえた。乱暴にドアを開いて、フィリベルトはレクスの背中を押す。
「レクス?」
窓際の椅子に腰掛けて本を読んでいたらしいキングが、フィリベルトにより部屋に押し込まれたレクスに目を丸くする。
「レクスが用がおありみたいっス! じゃ、自分はこれで!」
「フィリベルト!」
制止するレクスの声には耳を貸さず、フィリベルトはさっさと部屋から出て行った。残されたレクスは、部屋の入口でまごまごする。
「そろそろ行こうかと思っていたところだよ」
「そう、ですか……」
もたついているレクスに、キングは手を広げた。
「おいで」
レクスは観念して、キングの膝に腰を下ろす。キングは満足げにレクスの腰に腕を回した。
「私の可愛いレクス。難しい顔をしてどうしたんだ?」
「……いまさら、怖気づいてしまったんです」
もごもごと言うレクスに、キングは促すように首を傾げる。
「私の采配次第で、魔族が滅びる可能性があるんですよね」
「……そうだね。先代の人間の王がそうだったようにね」
先代の人間の王は、誤った判断で魔族に戦いを挑んだ。もし魔族が総動員で応戦した場合、負けていた可能性もある。それは魔族側も同じことで、キングが采配を誤れば魔族が負ける結果になっていたかもしれない。
「ひとつでも選択を間違えたら……」
レクスは、キングやブラムたちの支えにより王を続けることができている。しかし、王の選択は魔族の存続に大きく関わってくる。自分の判断が魔族を滅ぼす可能性があると考えると、ひとつでも選択を誤ることはできないのだ。
「私の可愛いレクス。お前はそんな愚かな王にはならない」
レクスの頬を撫で、キングは確信をはらんだ声で言う。
「この私が王に相応しいと思って選んだのだから」
「…………」
「それに、間違いを犯しそうになったとき、お前は正す声を聞くことができるだろう?」
自信なく俯くレクスに、キングはあやすようにキスをする。キングが優しく微笑むので、レクスは今度は赤面して目を逸らした。
頬を撫でる温かい指に緊張が解きほぐされ、レクスは次第に落ち着きを取り戻していった。
「あの」レクスは言う。「キングは、自分が討伐されたことにすると決めたとき、周囲は反対しなかったんですか?」
「されたさ。まだ次の王が決まっていなかったし、人間に勝利を譲ることが魔族のプライドを傷付けると考えられてね。それでも、戦争を早急に止めることが魔族にとって重要なことだったんだよ」
「それに加えて私を次の王に選んだというのは、かなり反発を生むことだったんじゃないですか?」
「そうだね。だが、どちらも魔族のためだったからね。実際、人間の国との戦争は終わったし、レクスは良き王だ」
レクスはまた視線を落とす。魔族にとって負の連鎖を生み兼ねない戦争を終わらせることは重要な意味を持っていただろうが、自分が王になることで魔族に利点があったとは思えない。
「自信を持て」
レクスの不安を見抜いたように、キングが穏やかに言う。
「お前はよくやっている。魔族のために充分に働いているよ」
「……ですが、もし判断を誤れば……。自分が正しいと思い込んで周りの声に耳を傾けることができなくなったら……」
「お前がそんな愚かな王になったら、私が直接に手を下すから安心しろ」
優しく微笑んで言うキングに、レクスの胸中に安堵が広がった。はい、とレクスが小さく頷くと、キングは愛おしそうにまたレクスの頬を撫でた。
* * *
翌朝。執務室に向かうレクスとキングのもとに、明るい声が聞こえてきた。
「王様~! キング~!」
駆け寄って来るのはアンシェラだった。そのあとにフェンテとキールストラの姿もある。アンシェラは満面の元気な笑みでレクスの手を取った。
「王様、おはようございます!」
「おはようございます。客室はいかがですか?」
「とっても過ごしやすいです! 本当にありがとうございます!」
「遠慮する必要はありませんからね」
「はい!」
アンシェラが明るい笑みで頷くと、フェンテとキールストラも前に進み出た。
「三人で話し合ったんですが」と、フェンテ。「俺たちを護衛として仕えさせていただけませんか?」
「私の護衛ですか?」
「はい。これでも勇者パーティですから、そう簡単に負けることはありません」
レクスは頭の中で考えを逡巡させる。人間を自分のもとに仕えさせること、その利点と欠点、それによる魔族への影響、魔族のあいだに起こり得る反発、もしくは支持……。様々なことを熟考したあと、レクスは頷いた。
「わかりました。私のことはレクスと呼んでください」
「はい、レクス!」
三人の声が重なる。希望に満ちたその表情に、レクスはひとつの決意を胸の中で固めた。
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