23 まったく、これっぽっちも
結局、昨夜もキングはレクスの私室に来なかった。レクスの中で不安が膨らみ、よく眠れずに早く目が覚めてしまった。部屋の外で見張りをしていたフィリベルトとともに執務室へ向かう。庭園を散歩でもしようかと思ったが、報告書で頭を忙しくしたほうがいいだろうと考えたのだ。そうすれば余計なことは考えずに済む。
「いやー、朝の
フィリベルトが辺りを見渡して言うので、レクスは小さく頷いた。
「いつもなら、私が起きる頃にはルドと交替していますからね。それなのに付き合わせてすみません。ルドかブラムが来たら部屋に戻って構いませんから」
「承知っス。お気遣い感謝するっス!」
朝のがらんとした廊下に、フィリベルトの声はよく通る。使用人が多く行き交っていてもそうなのだから、うるさい、と叱られるのも無理はないだろう。
フィリベルトとともに賑やかに執務室へ向かい、ドアを開けたところでレクスは硬直した。フィリベルトも、あ、と声を上げる。驚いたように振り向いたキングが、レクスには見覚えのない女性に、跪いて手に指輪を嵌めていたのだ。
「し、失礼しました!」
レクスはフィリベルトの腕を掴んで執務室を飛び出す。
――僕の執務室だけど!
心でそんなことを叫びながら、廊下を駆けて行った。
「レクス、なんかの間違いっスよ。キングがレクス以外に意中のお相手がいるわけがないっス!」
フィリベルトは慌てふためいてそう言うが、キングが女性の手に指輪を嵌めていたのは紛れもない事実だ。意中の相手でないのにそんな行為をするはずがない。
(キングには想う女性がいたんだ。じゃあ、僕はからかわれてただけなんだ)
涙が滲んでくる。だからここのところレクスを避けていたのだ。レクスに愛を囁いていたのは、反応を見てからかっていただけ。本気ではなかったのだ。
「レクス!」
焦燥をはらんだ声で呼ばれ、強く腕を引かれて足を止める。振り向くと、キングがレクスの肩を引いた。
「キング! 僕を追い駆けてる場合じゃ――」
「フィリベルト、悪いが少し外してくれ」
「はっ!」
戸惑いの色を見せるフィリベルトだったが、厚い忠誠心のもと素早く敬礼をする。キングはレクスの手を取り、空いている客室へと引き込む。レクスが困惑して見上げると、キングはひとつ息をついた。
「彼女……いや、彼か? あいつはただの友人だ」
「……でも……」
口ごもるレクスに、キングは頭をかく。
「まさかこんなに早く来ると思わなかったんだ」
困ったようにそう言って、キングはレクスの右手を取った。それから、薬指に指輪を嵌める。レクスはいよいよわけがわからない、とキングを見上げた。
「もっと格好つけて渡したかったんだ。あいつはその練習台だったんだよ」
「…………」
「お前が私のものだという印さ」
それは飾り気のないシンプルなシルバーの指輪。レクスの薬指にぴったりで、手がじんわりと温かくなる感覚があった。
「……僕は、キングに嫌われたのかと思って……」
そう言うと、堰を切るように涙が溢れてくる。キングは優しく微笑み、レクスの頬を撫でた。
「まさか。私の愛を疑っていたのか?」
「……だって……」
「これの準備に手間取っていたんだよ。お前を避けていたわけじゃない」
涙で視界が滲んでいるが、キングの真剣な表情は真実を口にしていると確信を持たせるには充分だった。
「私はお前だけのものだよ」
そう言って、キングは優しくキスをした。
* * *
キングが、彼、彼女、と首を捻っていたその人――ワナは、執務室に戻ったレクスに目を輝かせた。
「コーレインちゃんって本当に可愛いわ! あたしはキングにはまったく、これっぽっちも興味がないから安心して!」
キングとの関係を疑われたことが余程も不本意だったのかワナは、本当に全然、むしろ勘弁してほしいわ、と繰り返す。
「こんな可愛い恋人がいるなんて羨ましいわ~。あんたって本当に幸せ者ね~」
「私とキングは恋人同士ではないですよ」
「え⁉」
レクスの言葉にキングとワナの声が重なるので、レクスは首を傾げた。
「交際を申し込まれたことはないですからね」
少しのあいだ黙り込んだワナが、慰めるようにキングの肩をたたく。ふたりの微妙な表情に、レクスはまた首を傾げた。
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