22 レクスの不安

「キングに避けられてる気がする」

 レクスがそう零したのは、ブラムの執務室だった。ブラムは書類にペンを走らせている手を止め、レクスを見遣る。

「そんなまさか。あのキングに限ってそんなことは有り得ません」

 ブラムは断言するが、レクスは自信を持てずに俯く。

「なぜそう思われるのですか?」

「だって、いつもなら――」

 と言いかけてレクスはやめた。いつもなら夜にレクスの私室へ訪れ、思う存分にレクスを愛でていく。しかし、そんなことを言えるはずもなく。

「……いつもなら、仕事の邪魔をしてくるから」

 キングがレクスの私室に来なくなって、三日が経った。毎晩、欠かさずレクスを愛でていたと言うのに。避けられていると思わせるには充分だろう。

「確かに、最近のキングは大人しくしていらっしゃいますね」

 仕事の邪魔をして来ないというのも事実だ。キングは隙を見つけてはレクスに愛を囁く。それもなくなってしまったのだ。

「何かお考えがあってのことでしょう。私も少し探ってみます。どうかお気に病まれませんように」

「……わかりました」

もしキングに何か考えがあってレクスの私室に来なくなったのなら、ブラムに任せておけば何かしらの理由を見つけてくるだろう。いまはそれを信用して結果を待つしかない。いつも私室まで来るなと怒っているレクスには、なぜそうしないのかと詰め寄ることはできないのだ。

 ブラムの執務室をあとにすると、部屋の外では勇者パーティの三人とフィリベルト、ルドが待っている。私用で待たせてしまったことに、若干の申し訳なさが湧いた。

「お待たせしてすみません。執務室に行きましょう」

「はーい」と、アンシェラ。「用事は済んだんですか?」

「ええ」

 ブラムへの相談事の内容は彼らには言えない。なぜなら――

(だってこれじゃあ、僕がキングのことを好きみたいじゃないか)

 そんなことは断じて認められない。絆されたりなんかしない、とレクスは気を強く持っているのだ。

「レクス」カルラが歩み寄って来た。「報告書を執務室のデスクに置いておきましたわ」

「わかりました。目を通します」

 執務室へ行きましょう、と護衛たちに声を掛けてレクスは歩き出す。レクスの前を勇者パーティの三人が歩き、フィリベルトとルドはレクスのあとに続いた。

「毎日、報告書だらけですね」

 感心したようにアンシェラが言う。

「報告書がなければ、民がどうしているかわかりませんからね」

 毎日、山のように報告書は届く。すべてにレクスが目を通すことは不可能で、ブラムが半分以上を請け負ってくれている。レクスの倍以上もの実力を持つ有能なブラムがいなければ、レクスは王を続けていくことができないだろう。

「今日はキングは一緒じゃないんですね」

 不思議そうな表情で言うアンシェラに、レクスは少しだけ心拍が上がった。

「いつもレクスのそばにいる印象でしたけど」

「執務室にいたら来るんじゃないでしょうか。常に一緒にいるというわけでもありませんし」

「ふうん」

 常にというほどではないが、キングはほとんどの時間をレクスと過ごしている。レクスの護衛という点もあるが、キングがそうしたくてそうしているのだろう。仕事後に私室に突入してくるくらいだ。それがなくなったのだから、避けられていると考えてもおかしくはないだろう。

 キングの姿は執務室にあった。デスクのそばに椅子を寄せ報告書を眺めているので、あ、とレクスは声を上げる。

「勝手に読まないでください」

「どうせ読むのだから、あとでも先でも同じことだろう?」

 相変わらずマイペースなキングに、レクスは溜め息を落とした。

 ブラムとカルラも執務室に集まって来て、レクスの仕事は始まる。ブラムとカルラ、フィリベルトとルドにはその時々で仕事を任せることがあるが、勇者パーティの三人はやることがないのでテーブルに着かせる。

 レクスが集中して書類に目を通しているあいだ、キングは静かにレクスを見つめている。愛おしむような視線に居心地の悪さを感じつつも、キングの関心がなくなったわけではないことに安堵したのも確かだ。

 レクスが十三枚目の報告書に手を伸ばしたとき、不意に報せ鳥が執務室に現れた。それはキングのもとへ寄って行く。

 報せ鳥は、触れるだけでその内容が頭の中に流れ込む。周囲の者に報せが知られることはないのだ。

「ちょっと失礼」

 報せ鳥を解体してキングが立ち上がる。そのまま執務室を出て行くので、勇者パーティの三人はきょとんと目を丸くした。

「仕事中なのに」アンシェラが首を傾げる。「どうしたのかな」

「これは全部、私の仕事ですから」レクスは言った。「キングの仕事はないですよ」

「ふうん」

「しかし」と、フェンテ。「キングがレクスのそばをこれだけ離れるのは珍しいですね」

「キングはレクスのそばを離れないと思っていました」

 キールストラの言葉に、そうですね、とレクスは小さく呟く。ここへ来て間もない三人がそう思うなら、キングがレクスのそばにいないことは不思議なことなのだろう。


   *  *  *


「今日もいらっしゃらないのでしょうか」

 私室のベッドに横たわったままのレクスに、イーリスが静かに言った。キングがここに来なくなったことを、イーリスも不安に思っているのだろう。

「他に何か関心ができたんじゃないかな」

 レクスは息をつきつつ言った。イーリスはどこか不思議そうだ。

「もしくは、僕のことが嫌いになったとかね」

「それは有り得ませんわ」

 イーリスが即答するので、レクスは苦笑いを浮かべる。

「断言するね」

「あのキングに限って、そんなことは有り得ません。キングの愛を疑う必要はありませんわ」

「そうかな……」

 これまでの経験上、キングの愛を疑っているわけではない。愛という不確定な感情が信用できないのだ。いつでも失われる可能性がある機微に、自信が持てないだけなのだ。

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