11 可愛いレクス
どうしてこうなった、とレクスは頭を抱えた。
西の町に派遣した宮廷騎士ふたりが無事に任務を開始したと報せ鳥が来たのが昼前のこと。少し様子を見に行きたいとレクスは申し出た。ブラムがすぐに手配し、馬車が用意される。二台も。首を傾げるレクスの背中を押し馬車に乗せると、キングは戸を閉めた。
「あれ? ブラムとルドは……」
「ん? 後ろの馬車にいるよ」
妙ににこにこしながら言うキングに、ようやくレクスは事態を理解した。そうして、頭を抱えたのである。
「嵌められた……」
「人聞きの悪い。それにしても、相変わらず警戒心が薄いね、お前は」
「キングに対して警戒なんてしないですよ……」
「ほら。そういうところに付け込むんだよ、私は」
胸を張って言えることじゃないでしょ、と呆れるレクスの言葉を無視して、キングは彼の腰に腕を回す。逃げようにも、レクスがキングの力に敵うはずもなく。
「逃げ場がないね」
悪戯っぽく笑うキングに、レクスはせめてもの抵抗にキングの肩を押した。
「ちょ、待っ……御者台にフィリベルトがいるし、外から見えるじゃないですか!」
レクスが慌てふためいて言うと、キングはくすりと笑う。それから、腰に回した腕に力を込め、とんと肩を押した。
「それは、見えなければいいってこと?」
これにはレクスも赤面せざるを得なかった。レクスに覆い被さり、キングは楽しむように笑っている。
「お前は本当に可愛いな」
そう言って微笑むキングに、ふと、昨夜の夢が重なった。咄嗟に両手で顔を覆うが、キングはいとも簡単にその手をどけてしまう。そして、優しくキスをする。
「こんなときに考え事か?」
やはり見抜かれた、とレクスは俯いた。それから気を取り直してキングの肩を押し戻す。
「なんでもありません」
しかしキングはまたレクスを押さえ込み、優しく頬を撫でた。
「私の可愛いレクス。私には隠し事はしないでくれ」
「…………」
もしあの夢がキングの本心なのだとしたら、と考えると怖くなる。夢のことを話して、キングの口からそれを聞くのは恐ろしい。そう考えて、レクスは結局のところ黙り込んでしまった。キングはそれを気にする様子はなく――おそらくそう見せていた――、西の町に到着するまでひたすらレクスを愛でたのだった。
馬車を降りると、レクスはひとつ大きな溜め息をついた。満足げなキングに、ブラムが苦笑いを浮かべる。
町中を歩いて行くレクスとキングに、子どもは大きく手を振り、大人は恭しく辞儀をする。それに応えながら、やはりキングは人望が厚い、とレクスはそんなことを考えていた。
ブラムに案内されて向かった町の中心に位置する広場には、多くの民が集まっていた。
「レクス! キング!」
リザードマンの宮廷騎士ジェイが軽く手を振る。同じく宮廷騎士の人型の魔族エルリが敬礼をした。民はそれぞれ辞儀をする。
「この民は?」
「自警団員志望の民ですね」と、エルリ。「我々が指導すると知った民が集まって来たんです」
「宮廷騎士の指導を受けられるなんて、そうそうないですからね」と、ジェイ。「見事な采配でした、レクス」
「……お役に立ててよかったです」
自分の指示が間違えていなかったことに、レクスは心底から安心した。それが民のためになったのだと考えると、少しでも王としての責務を果たせたのではないだろうかと思った。
「団員が揃っても、数日はここに滞在してください」レクスは言う。「判断はふたりに任せます。城へ戻るときに報告書を提出してください」
「承知いたしました」
ジェイとエルリの敬礼に、レクスはひとつ頷いた。
レクスには、こうして民の信用を得ていく必要がある。国の統治のために必須なのが、民の信用と信頼だ。そうでなければ良き王になれない。国を発展させることもできないのだ。それはひとつの判断ミスで一気に失うことも有り得る。そうならないためには、よく頭を使わなければならない。それだけの重責がかかっていると思うと、怯んでしまうのも確かだが、それに負けるわけにはいかない。王に選ばれた以上、火の粉が降りかかろうと槍が降ろうと、全うしなければならない責務なのだ。
「ついでに王都の視察に行きましょう。収穫祭の準備が進められているはずですから」
「承知いたしました」ブラムが頷く。「民も喜びますよ」
「そうだといいですが」
馬車に乗り込むと、レクスは途端に睡魔に襲われた。ここのところ悪夢のせいでよく眠れていない。その疲れが出たのだ。
馬車の揺れに合わせてうつらうつらするレクスは、がたんとひときわ大きい揺れで倒れそうになる。それを支えたキングが、彼の肩を引いた。
「王都に着いたら起こしてやるから、少し眠るといい」
キングの肩にもたれかかる形となったレクスは、素直にそれに甘えることにした。そうして王都に着くまでのあいだ、久々に夢を見ずに眠ることができた。
王都は収穫祭の準備で賑わっていた。魔族の国は大きな国ではないが、この大陸の魔族のほとんどが集まって来る場所であるため人口密度は高い。最も大きな都市である王都は、多くの民が行き交い喧騒に包まれている。
「これは、レクス、キング」
建築途中のやぐらを眺めていた一行に、ふくよかな体格の男性が駆け寄って来る。知事のオーフェンだ。
「順調のようですね」
「ええ、レクスの人的支援のお陰です」
オーフェンの言葉に、人的支援、とキングが首を傾げる。
「必要に応じて宮廷騎士や魔法使いを派遣しているんです」
「へえ……。さすが、着眼点が私と違うな」
キングの頃も支援はしていたが、人的支援ではなかったとブラムが話していた。レクスが人的支援を申し出たのは、ひとりでも多く人手が欲しいだろうと考えたためだ。宮廷騎士や魔法使いの高い能力を持つ者たちを派遣すれば、より準備が滞りなく進むようになるだろう。
「物資も遠慮しないでくださいね」
「ありがとうございます」
知事との話を終えると、民が集まって来た。子どもたちは自分が手伝ったことを誇らしげに話し、大人たちは人的支援の感謝を述べる。レクスはそのひとりひとりに対応しながら、自分でも民の役に立てるのだと、そんなことを考えていた。
* * *
王宮の執務室に戻ると、カルラがお茶を用意していた。デスクではなくテーブルにつき、ようやくひと息つく。
「レクス」カルラが言う。「被衣(かつぎ)の用意ができましたので、のちほど試着をお願いいたしますわ」
「わかりました」
さっさとお茶を終えようとしたレクスだったが、お茶はしっかり味わわないと淹れてくれた人に失礼だ、とキングが言うのでそれに従った。
ゆっくりと小休憩を取ったあと、カルラが持って来た被衣(かつぎ)の試着が始まる。カルラはまず黒い被衣をレクスに被せた。顔の部分だけ穴が開いた、足元まである長い被衣だ。次に、前掛けを顔にかける。目元が透ける素材になっていて、視界は少々ぼやけている。最後に、大きな上着のような被衣を頭から被った。ずし、と重みが身体に掛かり背中が丸くなってしまう。
「重いですね……」
「物理・魔法ともに無効化の効果が付与された布を使用しておりますので」ブラムが言う。「レクスには少々、重いかもしれませんね」
重い頭をなんとか持ち上げ、背筋を伸ばす。魔族の王として猫背でいるわけにはいかない。
「しかし」と、キング。「これではレクスの可愛さが伝わらないよ」
「私は外見で舐められますから。ちょうどいいですよ」
「人間にレクスのお可愛らしさを伝える必要もありませんし」
少し冷ややかな声でカルラが言った。人間に対してあまり良い印象を持っていないようだ。
「人間だってレクスの可愛さの虜に――……いや、それは駄目だ。レクスの可愛さは私だけのものだ!」
そう言ってキングが抱き締めるので、レクスは溜め息を落とす。自分が可愛かろうが可愛くなかろうが、視察には関係のないことだ。
「やはり私もついて行くよ」
強く意気込むキングに、レクスはきっぱりと言った。
「駄目ですよ。そもそも、視察に先代王がついて来ても仕方がないじゃないですか」
「お前の護衛としてだよ。人間に手籠めにされたらどうするんだ!」
「……フィリベルトとルドがいるじゃないですか。それに、ブラムだって強いんですよね?」
レクスはまだ見たことがないが、ブラムはひとりで一個中隊を退けるほどの力を持っていると言う。キングの次に強いと言われるのがブラムだ。
キングはレクスを抱き締めたまましばらく考え込んだあと、ややあってブラムの肩を叩いた。
「頼んだからな、ブラム」
「はい。人間にはレクスに指一本、触れさせません」
頼もしいやらなんやら、とレクスは被衣の下で苦笑いを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます