2 昼食の席で
後々に聞いた話によると、コーレインを王の座に就かせると決めたのはキングだと言う。一応はキングの血族であるらしいが、かなりの遠縁だ。加えて、コーレインの家は貴族ですらない一般家庭。王の座からはかけ離れている。コーレインは能力も決して高くない。扱える魔法も少なく、高度な魔法を使用するためには熟練度が足りない。彼とは対照的に、キングは賊が何人でかかって来てもひとりで撃退できるほどの実力を誇っていると言う。そんな戦力差が目に見えている自分を新王として採用したことが、コーレインには不可解である。
その頃からキングが健在だと知っているなら、なぜ周囲は代替わりをさせたのだろう、とレクスには不思議でならない。人間の勇者により魔王が討伐されたなど、現在のキングを見る限りでは荒唐無稽な話だ。
何かお考えがあってのことでしょう、と母は優しく見送ってくれた。
それから――
「レクス」
キングの呼ぶ声で、レクスはハッと我に返る。いつの間にか食事を取る手が止まっていた。
「どうした、ぼうっとして」
「……考え事です。王は考えることが多いんですよ」
レクスは厭味のつもりで言ったのだが、大変だねえ、とキングは暢気に笑う。厭味だとわかっていて流しているのだ。
「お食事のあいだは気楽に過ごされると良いですよ」
ブラムが優しく言った。ブラムは仕事に関しては厳しいが、優しさも持ち合わせている。半年が経っても王として未熟なレクスを責めることはなく、的確に正しい道へと導いてくれるのだ。
「わかってはいるんですが、切り替えが難しいです」
「私は何をしていても王だということを忘れていたよ」
ははは、とキングが笑うので、レクスとブラムは揃って冷たい視線を向ける。キングはそれも意に介さない。
「キングが引退して正解だったんじゃないですか?」
「私は王には向いていないからね」
そんなことない、と言葉にするのはなんだか悔しくて、レクスは口を噤んだ。
王に向いていないのは自分のほうだ、とレクスは考える。魔王討伐の混乱を収めるために据えられた王だが、功を奏したのは自分の就任よりキングが健在であることのほうだろうと思う。自分が王として未熟で、頼りにならないことはわかっている。本来なら、キングが王の座に戻り自分は村に帰るべきだろう、と常々から思っている。
「レクス、お前はよくやっているよ」
心情を察したようにキングが言うので、レクスは肩をすくめた。
「私も次の王が正式に据えられるまでなんとか頑張りますよ」
「え?」
キングが訊き返すのと、食堂のドアが少し荒々しく開けられたのはほぼ同時だった。キングの声は掻き消され、レクスはドアのほうに目を遣る。
「失礼します!」
敬礼をしてはきはきと告げるのは、リザードマンのフィリベルトだった。レクスの護衛騎士で、彼を弟のように可愛がってくれるひとりだ。
「国境警備隊のご報告をさせていただきたいっス!」
「執務室で聞きます」レクスは言う。「すぐに行きますので」
「いえ! 自分は騎士隊のほうにも行かなきゃならないので、どうぞごゆっくりしてほしいっス!」
「ありがとう。隊長によろしくお伝えください」
「はっ! では後ほど!」
また大きな音を立ててドアを閉め、フィリベルトは去って行った。
リザードマンは気性の荒い者が多いと聞く。フィリベルトはそうではないが、とにかく声と物音が大きい。元気と言えば聞こえは良いが、悪く言うとうるさい。だがその明るさがレクスにはちょうど良かった。暗く考え込みがちであるレクスにフィリベルトが笑いかけることで、なんとなく気分が上がるのだ。
「フィリベルトは快活で気持ちが良いですね」
レクスがそう呟くように言うと、キングは眉をひそめた。
「私も快活だよ?」
「キングは快活というより穏やかな方ですよ。というか、なに対抗心を燃やしてるんですか」
キングとフィリベルトでは、性格がかなりかけ離れている。キングがフィリベルトのようにドアを開けたら、頭でも打ったかと思ってしまうだろう。正反対のふたりなのだから、対抗心など燃やすだけ無駄だ。
「失礼いたします」
またドアが開くので視線を遣ると、レクス付きの侍女カルラが食堂に入って来る。カルラは褐色の肌が特徴的な人型の魔族だ。綺麗な黒髪を白いキャップでまとめ、清潔な印象を与える侍女である。
「カルラ。城の雇用調査はどうですか?」
「報告書をデスクに置いておきましたわ」
「ありがとう。あとで目を通します」
ブラムは常にレクスのそばにいるが、カルラには用事を言い付けることが多い。侍女の域を脱してしまっていることもあるが、カルラは自ら請け負ってくれる。レクスが王を続けるにあたって欠かせない人物のひとりだ。
「私のときより忙しそうだね」
キングがそう言って微笑むので、レクスは顔をしかめる。
「お陰様で」
そんな厭味も受け流すキングの余裕さが、いつもなんだか腹が立つ。
これが貫録というものなのだろう。レクスは毎日バタバタと慌ただしく駆け回り、王らしく堂々と構えていることができない。そのせいで、レクス付きの侍従に多くの任務を課してしまっている。キングが王を務めていた頃はレクスは村にいたが、おそらくいつもの余裕で軽くこなしていただろう。自分ではキングと同じ領域には到底、辿り着けないのだろうと思う。
「失礼しまーす」
気だるげな男性の声に振り向くと、魔法使いのルドが食堂に入って来た。長い濃茶色の前髪で左目を隠した褐色の肌の人型の魔族だ。
「ルド」レクスは言う。「城の警備はどうですか?」
「特に報告はなしでーす。万事滞りなく~」
「そうですか」
王に就任した当初、ルドは自分に仕えることが不満なのだとレクスは思っていた。そのためにいつも気だるそうな態度なのだ、と。しかしブラムがいつもあんな感じだと教えてくれ、その様子とは不釣り合いな勤務態度を見てレクスも安心したものだ。
「レクスさ」と、キング。「そういうのは執務室に戻ってからでもいいんじゃない?」
「あ、すみません……」
「いや。ブラムの言う通り、食事中くらいのんびりしないと疲れちゃうよ」
「会ったときに聞かないと忘れそうで……」
「そのためのブラムじゃないの」
そういえばそうだ、とはたと気付いてブラムを見遣ると、有能な執事はくいと眼鏡を上げて見せた。レクスが確認するべき事柄は、ブラムももちろん把握している。レクスが忘れていても、彼が指示を出してくれるはずだ。
「レクスは生真面目すぎるよ。もうちょっと肩の力を抜かないと。私みたいにね」
「キングは抜きすぎだと思いますが」
「キングとレクスを足して二で割ったらちょうどいいかもしれないっすね~」
のんべんだらりと言うルドに、確かに、とカルラが頷いた。なるほど、とキングが笑うので、笑うところではない、とレクスは呆れて溜め息をついた。
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