3 部下の報告
レクスが食事を終えて執務室に戻ると、ちょうどフィリベルトも執務室に来た。先に執務室にいると待たせたと思わせると考えタイミングを見計らっていたのかもしれない、とレクスは思ったが、実直なフィリベルトにそんな器用なことはできないだろうと考え直した。おそらく、たまたまだ。
レクスがデスクの椅子に腰を下ろしてから、フィリベルトは敬礼をした。
「ご報告します！ 国境の関所で何人かの人間が通行許可を取りに来たっス！」
思わず眉をひそめるレクスに、フィリベルトは真剣に続ける。
「現在では王命により許可を出さないことになっていると国境警備隊が伝えたので、引き返して行ったっス！」
「そうですか……」
この魔族の国と隣接する人間の国との境には、高く
「ただ、引き返す前にちょっとごねたらしく、正式な書面での申し出を、と伝えたそうっス。そのうち書面が届くと思いますが、正式に断ればこっちのもんっスよね！」
フィリベルトがあっけらかんと言うので、レクスは苦笑いを浮かべた。
入国の許可を求める書面は、いままでにも何通も届いている。そのすべてに断りの通知を出してきたが、それを知ってか知らずしてか、関所に直接に行くというのはあまり見ない事例だ。あまつさえごねるというのは、あまりに浅ましい行動に思える。
人間の入国の目的は、大抵が友好のためだと書面に記されているが、なんのための友好なのかはわからない。人間は魔王討伐に気を良くしているのかもしれないが、こちらからすれば友好関係を結ぼうなどという気はさらさらない。魔族が人間に対して良く思っていないということには気付いていないのだろう。
「今回も断るの？」
机に頬杖をついてキングが問うので、レクスは頷いた。
「いまは人間を入国させたくありません。民の人間に対する心証が悪いこともありますが、キングがご健在であることに気付かれるのは良くないのではありませんか？」
眉根を寄せてレクスが言うと、キングはおかしそうに言う。
「心配してくれてるの？」
「保安のためです」
討伐したはずの魔王が生きていると知れば、再び戦いを挑んで来るかもしれない。それは民を危険に晒す。その可能性を捨てきれないいま、人間の入国を許可するわけにはいかない。
「ありがとう、フィリベルト」
「はっ！」
フィリベルトはようやく敬礼をやめ、辞儀をした。
「いつまでも敬礼していなくていいのに」
「敬礼こそ、レクスに対する最大の敬意であります！」
そう言って、フィリベルトはまた敬礼をする。レクスが困ったように笑うと、フィリベルトは明るい笑顔で返した。
フィリベルトとルドは、常にレクスのそばにいるわけではない。レクスは執務室にいる時間が長く、有能な騎士と魔法使いであるふたりを常にそばに置いては、鍛錬の時間が取れなくなってしまう。この王宮には各所に騎士や魔法使いが配備されている。もしレクスが襲撃を受ければ、あっという間に袋のネズミだ。何より、レクスのそばに控えているブラムが、フィリベルトとルドのふたりを合わせても負けないくらいに強いという。それ以前に、キングが常にレクスのそばにいる。キングを知る魔族であれば、レクスを襲おうなどという気は起きないだろう。
レクスは次に、カルラが置いておいたと言っていた報告書を探した。なんと言っても、レクスのデスクには報告書が山を作っている。急ぎの物はブラムが手渡しで提出するが、そうでない物は山の中の一部と成り果てる。自分の力不足を痛感させられる光景だ。レクスの体格に対して、机はかなり大きい。端に置かれた報告書は取るだけで一苦労だ。レクス直属の部下はそれを知っているが、そうでない者は気付かずに端に置いてしまう。時間があるときにブラムがまとめてくれるが、忙しいブラムにはあまり時間がない。そうしてレクスの手の届かないところに報告書が溜まっていくのだ。
レクスが手を伸ばした反対側で、ブラムが三枚の報告書を手に取った。レクスは礼を言って受け取ると、服の裾を直してから椅子に戻る。報告書は、カルラの几帳面な字で丁寧に書かれていた。
「城の雇用調査だっけ？」と、キング。「私の頃はやったことがなかったけど」
「キングの頃は違ったのでしょうが、私のような若輩者に仕えることに反発する者がいるかもしれませんから。そのせいで不当な扱いを受けている者がいないとも限りません」
「ふうん……。考えたこともなかったな」
「キングにならみんな喜んで仕えますよ。私には王たる器がありませんから。それに、もしそういった扱いを受けている者がいれば、不穏因子になる可能性もあります」
使用人たちを疑うのは悪いが、少しでも可能性があるなら潰しておかなければならない。それが他の使用人を守るためでもある。そうでなくとも、不当な扱いを受けている者がいれば改善してやらなければならない。
「不穏因子って？」
「たとえば、キングがご健在であるという情報を国の外へ流出させる者……とかですかね」
「なるほど。でも、もしその可能性があるなら退職させるでしょ？ その者が漏らすかもしれないよ？」
「……ルドは優秀な魔法使いですから」
目を伏せながら言うレクスに、キングは一瞬だけ呆けたあと、おかしそうに笑った。
「
「どういたしまして」
すべての使用人が正直に応じてくれるとは限らないが、そういった可能性があるなら少しでも情報がほしい。今回はブラムの名で調査をした。レクスでは信用できず応じることができない者もいるかもしれないからだ。報告書はカルラの手によるものであるため信用できるだろう。これを使用人のためにどう活かすか、というところからレクスの仕事が始まるのだ。
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