7 立派な王

 視察から戻り昼食休憩を挟んだあと、レクスはいつも通りデスクで報告書を手に取った。しばらく彼を眺めていたキングも、視線がうるさい、とレクスが怒ってからは大人しく本を読んでいる。ブラムとカルラは、デスクの上の書類をレクスが取りやすいように丁寧に整えた。

 問題のある町はいまのところ南の町の報告があるだけ。南の町の問題も、雨乞いの儀式をすることで解決すると思われる。しかし他の町も、今回の件のように何か見落としがあるかもしれない。王宮に対して隠し立てすることはないだろうが、南の町の民も問題の原因に気付けていなかった。視察に向かうべき場所がまだあるかもしれない。

 報告書に記されていなければ、その町になんの問題があるか気付くことはできない。そう考えると他の町にも視察に行くべきだろうが、視察に行ける時間も限られている。民に会いに行く時間が無駄だとは思わないが、問題のない町に行くと他の仕事に割く事件を削ることになる。それなら、報告書を信じるべきなのだろう。

「レクス。お茶を淹れましたから、少し休憩なさってはいかがですか?」

 ブラムの声で、レクスは顔を上げる。報告書に集中しすぎていたようだ。

 集中していたおかげで報告書はいつもより多く片付けられたが、目が疲れてしまった。紅茶を一口すすり、少し休めようと目を閉じる。これくらいで疲れてしまうなんて、自分の能力の低さを痛感させられる。

「そろそろ王都で収穫祭の準備が始まるね」

 キングがそう言うので、レクスは顔を上げた。

「そうですね。それも様子を見に行かないといけませんね」

 王都で開かれる収穫祭は、この国の中で最も大規模な祭りだ。大昔には人間も招かれて大盛況だったらしいが、現在では魔族のみが国中から集まって来る。きっと今年も賑わうことだろう。

「レクス」

「はい」

 レクスが視線を遣ると、キングは手を広げた。

「おいで」

 呆けたレクスは、慌てて辺りを見回す。いつの間にかブラムもカルラもいなくなっていた。なぜそんなところで息が合うんだ、と考えているとキングがまた促すのでレクスは立ち上がる。レクスが膝に乗ると、キングは満足そうに彼の腰に腕を回した。

「私の可愛いレクス。何をそんなに考え込んでいるんだ?」

 本を読んでいたはずなのに、とレクスは考える。おそらく読んでいるふりをしていることに自分が気付いていなかったのだろう、と。

「……やはり、私は王には向いていません」

 報告書を信用することができず、何か問題を抱えているのではないかと思ってしまう。報告が上がっていないことを考えるのは時間の無駄だ。もしかしたら、自分が未熟で頼りない王だから民も信用しないのかもしれない。

 そう話すと、キングは肩をすくめた。

「初めから完璧な王なんていない。お前はまだ就任して半年。駆け出しの王なんてそんなもんさ。信用だってこれから得ていけばいいだろう? それに、王宮に報告しないのが不利益だということは民もわかっているはずだ」

 それはその通りだろうと思う。就任から半年で完璧な王になれるとは思わないし、王宮の体制はキングのときから代わっていないので民も信用しているはずだ。信用に足らぬ王だからと言って報告を怠ることはないだろう。

「……ですが、私よりもっと優秀な者がいるはずです」

 視界が滲み、温い涙が頬を伝う。キングは、愛おしむように指で頬を撫でた。

「それはそうかもしれないが、民のことを一番に考えて尽力するお前は立派な王だよ」

「そんなこと、誰にでもできます……」

 次々と溢れてくる感情に、情けない、とレクスは心の中で自分に毒づく。だからいつまで経っても未熟なままなのだ。

「誰にでもできることから始めるでもいいじゃないか。結果を急ぎすぎだ。お前は私が選んだレクスなんだから」

 キングはそう言って、あやすようにキスをする。それから、優しく微笑んでレクスの目元を指でなぞった。

「理性が働いているうちに泣き止んでほしい」

「なんですか、それ」

 引き気味に顔をしかめるレクスに、キングはまた笑った。

 キングの期待に応えたい。いつも懐いているそんな気持ちとは裏腹に、手も頭も動きが遅い。こなした仕事の量より新しい仕事が増えていくほうが早いように思う。本当に自分が王でいいのだろうか、そんな自分への不審ばかりが募っていく。こんなことでは民を不安にさせてしまう。早く次の王が決まればいいのに。もっと優秀な王でなければ、この国が繁栄していく上で障害ができてしまうだろう。自分はレクスの名に相応しくない。その名に釣り合う者が、もっと他にいるはずだ。

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