30 勇者候補
アンシェラがレクスとキングを連れて行ったのは、城の魔力原動室だった。そこでルドとキールストラ、三人の宮廷魔法使いが難しい顔で何かを覗き込んでいた。
「ルド、何事ですか」
レクスの声に、ルドはいつもの気だるげな色を消した険しい表情で振り向く。
「これを見てください」
ルドが指したのは、国を覆う結界の発生源となっている結晶だった。見る影もなく粉々に砕けている。ここの他に三か所が設置されているが、それが無事なら国の結界は弱まっている程度。しかしもしすべて破損していれば、いまこの国は無防備な状態である。
「他の三か所はいま確認に行ったところです」と、ルド。「いますぐにでも張り直さないと危険すね」
「人間が破壊したのでしょうか」
「……人間がこの魔防壁を掻い潜って城に入り込んだのは相当の手練れだと思っていたんですが、あの五人にそれほどの実力があったとは思えませんでした。あの五人がここへ入れた時点で、これは破壊されていたと考えられます。つまり……破壊したのは、この城にいる魔族ということっすね」
背筋が粟立つ。この結界を破壊すれば、人間がレクスを倒そうとこの城に入ることは明白だ。魔族の中にそれを望んだ者がいるということだ。
人間が魔防壁を越えることは本来ならできない。そのように仕掛けられたものだからだ。魔防壁を掻い潜ったテレポートの魔法だと考えられたのは、よもや結界の結晶が破壊されているとは思ってもいなかったためである。結界が内側から弱体化されたと考えれば、五人が魔防壁を越えることは容易だっただろう。
「この国に、お前に仇なす者がいるということだね」
重苦しく言うキングに、レクスは俯いた。ついに民を疑わなければならなくなった。
「……キング。私に祝福を与えてください」
意を決してレクスが言うと、キングはひとつ息をついて首を横に振る。
「いまは許可できない」
「なぜですか。私は死ぬわけにはいかないのでしょう?」
「お前の身を守ることも大事だが、焦って与えては、効果を充分に得られない。いまこの場で与えても、お前の中に定着しないんだよ」
「…………」
レクスは唇を噛み、すぐに顔を上げる。
「ルド、信用できる魔法使いを集めてください。それから、結界を張り直しを頼みます」
「承知っす」
「誰かフィリベルトを執務室に呼んで来てください。アンシェラとキールストラは私について来て――」
不意に目の前がぐらりと揺れた。キングに支えられてなんとか踏ん張ると、視界がぐるぐると回る。
「昨日あれだけ傷を負ったんだ。無理をするな」
「ですが……」
「いまお前を失うわけにはいかない。魔力も回復しきれていないし、守備力も下がっているんだ。結界が破壊されているいま、弱ったお前は恰好の標的なんだ」
「……はい」
不承不承にいレクスが頷くと、キングは言い聞かせるように優しくレクスの頭を撫でた。
執務室に向かっている途中、フィリベルトとフェンテが彼らのもとへ合流した。国境警備隊の編成が見直され、新たに増員を検討していると言う。
そのとき、キン、と耳を突き刺す不快な鋭い音が鳴り響いた。次の瞬間、キングと護衛の五人が衝撃とともに突き飛ばされる。レクスを覆うようにして現れた結界に弾かれたのだ。まるで体を縛られているように動けなくなる。
「こんな弱そうな魔王に苦戦したんだ」
楽しむような声に視線を遣ると、鮮やかな金髪の少女が彼らの前に姿を現わす。
「アレイト!」
フェンテが声を上げた。レクスは少女――アレイトに視線を向けたまま彼に問いかける。
「知る者ですか」
「勇者候補だったうちのひとりです。アレイト、なぜここに」
「そんなの聞かなくてもわかるんじゃないの~?」
楽しむような表情でアレイトは言った。
「現代魔王を倒せば、あたしが勇者になれちゃったりしてね~」
にやりと口端をつり上げて笑い、アレイトは腰に携えた剣を抜く。その途端、レクスは頭に血が昇るのを感じた。ひとつ息をつき、魔力回路に意識を集中させる。レクスが目を見開くと同時に、パキン、と破砕音が響き渡った。そしてレクスは宙から杖を取り出す。
「そんなのアリ⁉」
アレイトが大袈裟に驚いて見せた。レクスにはアンチマジックの強制解除はできないと思っていたようだ。しかし、アレイトはすぐに表情を輝かせた。
「面白いじゃん! 少しくらい張り合いがないとね!」
剣を手に地を蹴るアレイトに、レクスは杖を振り上げる。魔法は簡単にいなされ、アレイトの背後で破裂した。振り下ろされる切っ先を避け、レクスは再び杖をかざす。アレイトは軽い身のこなしでそれを躱した。
「やめろ、レクス!」キングが声を上げる。「解析はまだなのか!」
「かなり複雑なんすよ~……」
ルドとアンシェラ、キールストラは、彼らを縛り付けている魔法を解除するため解析を続けている。三人掛かりでも苦戦するほど複雑な魔法だった。
破壊音と金属音が響き渡る中、その光景にフィリベルトはわなないていた。
「あれが本当にレクスなんスか……? レクスは、あんな戦い方なんてできないはずっス」
「確かに、普段のレクスから考えると異常に見える」と、フェンテ。「なにかがおかしい」
目を見開いたアンシェラが、大きく手を振りかざす。強い風が六人に吹き付け、拘束の魔法を解き放った。
レクスはそれに気を取られることなく、杖を握る手に力を込める。そして、魔力を注いだ、そのとき――
「レクス!」
キングがレクスの体を強く抱き締めた。行き場を失った魔法が、キングの肩や腕を切り裂く。溢れ出す鮮血に、レクスは息が止まった。力なくへたり込むレクスに、アレイトは唇を尖らせる。
「えー、なにそれ。つまんないの。まあいいや。また来るから」
楽しげにそう言って駆け出すアレイトを、勇者パーティの三人がそれぞれの武器を手に追い駆けて行った。
「フィリベルト、レクスを私室に連れて行ってやってくれ」
「はっ!」
フィリベルトの力強い声を最後に、レクスは意識を手放した。
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