32 レクスの名

 午後、執務室にレクスとキングを中心に、再び作戦会議が行われる。勇者パーティの三人、ルド、フィリベルトがテーブルにつき、ブラムとカルラはレクスの後ろについた。

「ルド、結界はどうなっていますか?」

 いつもの気だるげな様子を消して、ルドは真剣な表情で口を開く。

「アンシェラとキールストラの魔力回路を鑑定、解析して、新しく張り直しました。魔族でも破壊できないようにしてあります。昨日のアレイトという人間の魔力も想定値で参考にしました」

 結界を強化すれば、今回のように内側から破壊されることもない。人間が外側からも破壊することができなくなれば、結界が易々と破壊されることはないだろう。

 レクスが視線を遣ると、フィリベルトは立ち上がって敬礼をした。

「フェンテの仲間の証言をもとに、鍛冶屋の調査をしました!」

 魔王を害することのできる唯一の武器を造り出すことが可能な人間は、フェンテの証言によればひとりだけ。先の五人が持っていた武器がそうだ。

「その鍛冶屋が武器を卸しているのが王宮っス!」

「人間がこの国との戦争を企てていることは間違いないと思います」と、フェンテ。「先の五人が武器を持っていたということは、王宮が民にその武器をもたらしていると考えられます」

「そうですか……」

 フェンテたちの話を聞く限り、人間の王に魔族と戦争をする気はないと考えられる。だが、王を除いた人間の中にそれを望んでいる者がいることは間違いないだろう。

「民のためにも、戦争は避けなければなりませんね」

「表面上だけでも、人間と和睦することはできませんか?」

 フェンテが窺うように言うので、レクスは視線を遣って続きを促した。

「人間の国と同盟を結んでしまえば、簡単に手出しはできなくなります。王宮は戦争をする気がないので、同盟を申し出れば前向きに検討するはずです」

 それはフェンテの言う通りだろう、とレクスは考える。人間にとって魔族が脅威だと思っているなら、魔族からの同盟の申し出はまたとない好機だろう。

「でも」と、フィリベルト。「二度もの襲撃で、魔族の人間に対する心証は最悪っスよ」

「その中でレクスが人間の国と同盟を結べば」キングが言う。「反乱が起きる可能性は否めないだろうね」

 レクスに降り掛かった二度の襲撃は、城外の民には伝わっていないはずだが、城内の者には知れ渡っている。城内の者は人間に敵対心を懐いているはずだ。レクスが人間との同盟を選択したとき、城内は分裂することだろう。

「あのー……」アンシェラが遠慮がちに手を挙げた。「どうして世界法を頼らないんですか?」

 世界法――それは、この世界を統治する世界王が定めた法律だ。この世界の中心に位置する世界王国は、すべての生物を統べている。

「世界法立会人のもとで不可侵条約を立ててしまえば、人間は手出しをできなくなると思うんですけど……」

「それも考えたんですが」レクスは言う。「人間が応じるかどうか……。世界法は中立ですから、どちらかだけの要望を聞くことはありません」

 魔族の国が不可侵条約を望んだとしても、人間の国がそれに応じなければ世界法立会人は認めない。だが、ある人間の国同士の戦争の際、一方的な侵攻と蹂躙に耐え切れなくなった国が世界法を頼ったところ、あまりに凄惨な状況に世界法立会人が終戦条約を認めたという前例はある。

「ダメもとで頼ってみてはいかがですか?」と、キールストラ。「状況が状況です。世界王国が最も罪だと定めているのが戦争ですから、それを防ぐことを認めるはずです」

「……そうですね。ブラム、世界王国に書面を提出してください」

「承知いたしました」

 ブラムとカルラが執務室を出て行くのを見届けると、レクスはひとつ息をつく。あとは世界王国の判断を待つのみだ。

「もうひとつ話があるんだが、いいか?」

 キングがそう言うので、レクスは視線で促した。

「推測でしかないが、レクスには狂人化バーサクがかかっているんじゃないかと思う」

狂人化バーサク……ですか」

 レクスが首を傾げると、キングは真剣な表情で続ける。

「これまでの戦いを見ていて思ったんだよ。アンチマジックの強制解除は、簡単にできることじゃない。それに、五人との戦いのとき、レクスは我々が駆け付けたときになんの魔法を使おうとしていたか覚えていなかった」

 それは戦いのあと、目を覚ましたときにキングに問われたことだ。レクスは何か魔法を使おうとしていたらしいが、彼自身は覚えていない。

「魔力から感知したのは、命に関わる魔法を使おうとしていたことだ。いくら一対五だったとしても、命を懸けるのは異常だ」

「レクスは」フェンテが言う。「そうでなくても命の危機という状況でしたね」

「つまり……」と、アンシェラ。「命の危機に直面すると狂人化バーサクが掛かる、ってことですか?」

「おそらくな」

「……そうしないと私は勝てないから、でしょうか……」

「憶測でしかないがね。レクスの名を冠したときに付与されたものではないかと思う」

 狂人化バーサクは、戦いの中で魔法により掛けるものである。狂人化バーサクが掛かると、命を省みず戦うようになるのだ。レクスは、五人を退けようとした際に命を賭す覚悟をしていた。それは狂人化バーサクが掛かっていたという証拠である。

「それは解けないのでしょうか」

 キールストラの問いに、キングは険しい表情になる。

「無理だろうね。憶測通りなら、レクスの名に付随したものだろうからね。レクスの、命を懸けてでも魔族を守りたいという思いから掛かるんだろう」

「守るためでも、命を落としていたら意味がないですよ!」

 アンシェラが悔しそうに言った。そうだね、とキングは呟くように言って、ひとつ息をつく。

「レクス、お前は戦いの際には前に出るな」

「……ですが、私には魔族を守る義務があります」

 俯いて言うレクスに、キングは首を振った。

「王は民の上に立ち、民のために生きる者だ。民のために命を懸ける者ではない」

「……それで役に立てるならいいのではないですか?」

 目を逸らしたままレクスは言う。

「私は、次の王が正式に決まるまでの繋ぎ、なんですから」

 六人のあいだに沈黙が流れた。最初に口を開こうとしたのはキングだったが、カルラが執務室に入って来るほうが早かった。

「レクス、少々よろしいでしょうか」

「はい、いま行きます」

 執務室を出て行くレクスに六人はついて行かなければならないが、誰も先ほどの話を続けることができなかった。

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