エピローグ

 ──カラン、カラン。

 私の手からナイフが床へ落下する。

 いや、落下したのではない、自らの意思で床に落としたのだ。


「龍二、龍二。ごめんなさい、本当にごめんなさい。私、なんてことをしようと……」

「いいんだよ、もう、いいんだ、神楽耶。キミに涙は似合わないよ」

「バカな、なぜ、妾の力が破られたのじゃ。魔性の力は絶対なる力、それが破られるなど……」


 私は龍二の手を握り、声の主……自分の母親へと視線を向けた。

 それは冷たいモノではない。温かくて強い視線である。

 魔性の力はお母様の言う通り、人心を傀儡にする脅威の力。でも、本物の愛を前にしては、まったくもって無力となる。


「お母様、約束です。私は龍二の元へ帰ります。この国において、契約というのは、絶対なモノでしょう?」

「くっ、確かにそうじゃが、妾は地球に帰すとは、ひと言も言っておらぬぞ?」


 それはお母様の屁理屈よ。どうして、素直になれないのかしら。自分が負けたと素直になれば……。まさか、私が素直になれなかったのは、お母様譲りってことなの。


「では、どうすればよいのですか? まさか、龍二にこの国で暮らせとでも、仰るおつもりではないでしょうね」

「そのまさかじゃよ。龍二、とか言ったな。お主にすべてを捨てでまで、神楽耶とこの地に残る覚悟があるのかい?」


 酷い、なんて酷いのお母様。龍二には、家族も友だちもあの地球にいるというのに。契約が絶対なら、彼の心を揺さぶって別れさせるつもりなんだわ。


「エム女王でしたか。僕は、神楽耶といられるなら、地球に見れんなどありません。ですから、僕と神楽耶を認めてください。お願いします……」


 なんで、頭をさげるのよ、龍二。だって、お母様はアナタを殺そうとしたのよ。そんな人に下げる頭なんてないはずよ。どうして……。


「龍二よ、なぜ、妾に頭を垂れるのじゃ。妾はお主を一度は殺そうとした者であるぞ?」

「ええ、知ってます。ですが、エム女王は、神楽耶のお母様でいらっしゃいますよね。それなら、母親に認めてもらうのは、人間の道理なのです。この国ではどうか分かりませんけどね」

「むぅ、人間の道理、か。あのとき、あの人に龍二のような覚悟があったらのぉ」


 あのときって、どういうことなの。ひょっとして、お母様も昔、人間と恋に落ちたのかしら。でも、そんなはずないわよね。


 お母様の言葉が、何を意味するのか分からなかった。少なくとも、今の私は、龍二との関係を認められたことで頭がいっぱいであった。


「エム女王、差し支えなければ、その話を聞かせてもらえないでしょうか?」

「龍二、別にそんなこと聞かなくたって、いいじゃないのっ。どうせお母様の言うことなんて……」

「なんじゃ、妾の話を知らないと申すか。地球では有名な話じゃと思っておったがの。確か、地球での話は──」


 その話は私でも知っている。幼い頃よく読んだ昔話だから。当然、龍二も知っているはず。だって、龍二の顔は……目を大きく見開いて驚いていたのだから。


 こうして私と龍二は、この魔性国で挙式をあげ、末永く暮らたのだ。

 私の心には、『キミが何者であっても』、その言葉が深く刻まれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プリンセス・オブ・カグヤ 朽木 昴 @prime1128

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ