第二十二話 魔性国 その四

「はぁ、はぁ。神楽耶、神楽耶はどこにいるんだ」

「人間ごときが、何を慌てておる。妾の娘はここにいるではないか」


 龍二、やっぱり龍二だ。来てくれたんだね。でも、なんで声が出ないのよ。まさか……。


「その通りよ、神楽耶。妾の力で、お主を支配しておるのだよ。だが安心するがよい、心だけは支配しておらぬからの」


 どういうことなの。お母様は、私に何をさせようとしているのよ。動いて、なんでこの力を振りほどけないの。多分、このままじゃ、龍二が……龍二が危ないのよっ。


 龍二は手を伸ばせば届く距離にいる。

 声を出せばきっと答えてくれる。

 それなのに、今は自分の意思で動かせない体と声が憎かった。


「神楽耶、約束を果たしに来たよ。さぁ、僕と一緒に帰ろう。僕はどんな手を使ってでも、キミを連れて帰るからね」

「ほほう、どんな手でもか。その覚悟に免じて、お主にチャンスをやろうではないか」

「チャンス……ですか。貰えるものは、なんでも貰いますよ」


 ダメ、その提案を受けてはダメよ、龍二。お母様は、そんな優しい人ではないの。嫌な予感がするの、だから、今はここから逃げてよ龍二。お願いだから……。


 私の悲痛な叫びなど届くはずもなく、龍二とお母様の間で約束が交わされようとする。

 声をあげて止めたいけど、私の体は……ピクリとも動かなかった。


「ならば、妾と契約するのだな。妾が与える試練に打ち勝ったら、元の神楽耶を返してやろうぞ」

「望むところだ。契約でもなんでも、交わしてやる。絶対に僕の元へ神楽耶を取り戻してみせる」

「それでは、契約成立、ということでよろしいな」


 お母様は何をさせる気よ。お願い、龍二、無茶だけはしないで。私、龍二を失ったら……生きていく自信がないモノ。


 内なる私の声とは裏腹に、お母様は試練の内容を龍二へと伝える。

 その内容は──。


「試練は簡単ぞ。妾の娘とソナタの愛が本物か試す、それだけじゃ」

「本当にそれだけですか? そんなの簡単すぎます。だって、僕と神楽耶は……心から愛し合っているのですから」

「その言葉……最後まで持つといいの。では、神楽耶よ、あの男を愛していないのなら、このナイフで刺しなさい」

「はい、お母様。私の気持ちを、あの方へ伝えればよろしいのですね」


 えっ、そんな……。ダメよ、お願い、私の体、言うことを聞いて。そんなこと、私は全然望んでいないんだからっ。


 私の意思など無視し、お母様より一本のナイフを受け取ってしまう。外側の顔は表情をまったく変えずに、龍二の元へゆっくりと歩み寄っていく。

 そして、目の前まで来ると……私はそのナイフを振り上げていた。


「神楽耶、僕は信じてるよ。今、目の前にいるのは、本当の神楽耶じゃない。そんなことは分かってる」


 えっ、どうして分かるの。私の心が伝わったとでもいうの。でも、もしそうなら……お願いだから、逃げてよ。今の私は自分でコントロールできないんだから。


「大丈夫だよ、神楽耶。心配しないで。僕はね、本当の愛を信じてるんだ。僕は神楽耶を心から愛してる、それは神楽耶も一緒でしょ。だから、愛の力を信じるんだ。愛はどんなものより、強い力なんだよ。たとえ、魔性の力であっても、打ち破れるはずたからっ」


 龍二……。私も愛しているわ。心の底から、アナタを愛しているの。だから、龍二の言葉を信じるわ。絶対、絶対に負けない、アナタを失わさせないって心からしんじてるんだから。


 内側の私は必死に抵抗する。祈りを捧げ、龍二への愛を誓っていた。

 しかし、外側の私は……龍二にナイフを突き立てようとしていた。

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