第二十一話 魔性国 その三

「龍二……。どうして、どうしてなの。なんで、私を助けてくれなかったのよ。どうして……」


 牢獄に閉じ込められ、私はひとり悲しみに老けていた。

 龍二が口だけで手を差し伸ばしてくれなかった。

 私を必ず守ると約束したのに。

 それなのに……私と龍二の手は離され、二度と会えないこの月へと幽閉されてしまった。


「妾の娘であるのに、なんと情けない姿ですこと。たかが人間の男ひとり、どうでもいいではないの」

「アナタいったい……」

「こうして会うのは初めて、と言った方がいいかしら。妾はエム、ソナタの母親にしてこの魔性国の女王よ」


 初めて見る自分の母親。

 冷徹な顔であっても、どことなく美しかった。肌は真っ白で、血など通っているのか不思議なくらい。

 いや、血など通ってたら、このような冷酷非道なことをできるはずがないのだ。


「アナタが私のお母様なのっ。それならどうして、私と龍二を引き裂いたのよっ。どうして……」

「魔性国において、男など不要。ましてや人間の男などな。それに、この国の王族は赤子のときに地球へ送られ、人間の手で育てられる。それが掟でもある」

「なんでそんなことを……。育てた人に悪いと思わないんですかっ」


 今なら自分の言葉を吐き出せる。

 私は母親に強く噛み付いたのだ。


「理由など知らぬ。強いて言うなら、ただの遊びかの。人間にしてみたら、月の民を育てられるのだ。むしろ光栄だと思思うがの」

「そんなの、おかしいです。引き離された方は、悲しいじゃないですかっ」

「くだらぬな。妾は魔性国の女王ぞ、人間の感情に興味などない。それに、記憶は完全に消してるのだ。悲しみなど起こりえぬであろう?」


 冷たいのは視線だけではない。言葉のひとつひとつが、周囲を凍らせるほどの冷たさである。とても、私の母親だとは思えなかった。


「記憶を消したって……。失われた時間は元に戻らないんですよっ! 私の両親だって、怒られもしたけど、優しくて温かくて、少なくとも、本当の両親はあの人たちですっ」

「カナからの報告だと、記憶を消したと聞いておるが、どうやら元に戻ってしまったようじゃの」

「許さない、許さないわよ。私の両親を、龍二を返してよっ!」


 身も凍る視線に逆らい、私は自分の感情をぶちまける。あのとき龍二が、なぜ助けてくれなかったのか分からない。それなら、ここから脱出して彼に理由を問いただすと決めたのだ。


「ソナタの親は妾であるというのに、困った娘じゃの。イレギュラー、というやつか。長い魔性国の歴史の中で、そういうこともあるであろうな」

「私はイレギュラーなんかじゃいよ! おかしいのは……この国、魔性国の人たちなんだからっ」

「反抗期というやつかの。カナの言う通り、もう少し頭を冷やさせた方がいいかの」


 淡々と話し続ける姿は悪魔そのもの。感情なんてこの人には存在していない。私には分かる、この人は……人の形をした魔物だ。


「私は冷静です。いくらここにいたところで、考えを改めるなんてありませんからっ」

「自惚れるなよ、小娘。妾が魔性の力でお主を傀儡にしないのは、愛情だとなぜ理解できぬのだ。それとも、生ける人形として永遠を生きたいのかえ」


 変わらない表情なのに、その言葉は鋭く私の心に突き刺さる。それは、深い傷を追わせ、恐怖という力で私を支配しようとしていた。


「エム女王陛下、お話中失礼します」

「なんじゃ、騒々しい」

「申し訳ありません。ですが……この国に侵入者が入り込みまして」

「この国に土足で踏み込む愚か者は、いったい何者ぞ」

「はっ、それが、人間の男という情報にございます」


 えっ、まさか龍二が……。でも、そんなわけはないわ。だって、彼は私のことを……。


「そのような不届き者など、さっさと始末してしまうがよい」

「ですがその者は……神楽耶様の名を叫んでおられました」


 嘘……。龍二は本当に来てくれたんだ。私、彼を嘘つきだって決めつけて、謝らなくちゃ、彼になんとしてでも会って謝らないと。


「ほほう、なるほど。よかろう、その者を玉座の間へ通すのだ」

「はっ、仰せのままに」


 理由も分からず牢屋から出されると、私は玉座の間へと連れていかれる。私の瞳には不敵な笑みを浮かべる女王の姿が映っていた。

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