第二十話 魔性国 その二

 なんで、せっかく龍二からプロポーズされたのに。なんでこのタイミングなのよ。私は人を愛しちゃいけないのっ、龍二と一緒にいたい、ただそれだけなのに。

 私は……運命は逆らえないのかしら。


「嘘だ、神楽耶が魔性国の姫だなんて、絶対に嘘だ。そんな国、僕は聞いたことがない!」

「しつこい男は嫌われるわよ? もっとも、人間の男なんて、元々嫌われてるけどね。それなら、現実をお見せしましょうか」


 何、これ……。私の周りが勝手に光出して……。イヤ、何かが私の中に入ってくるわ。ダメよ、『アナタ』になんか、この体は渡さないんだからっ。


 私は得体の知れぬモノに、必死の抵抗をみせる。でも、その力は私の自由を奪い、そして……意思までも奪ってしまった。


「神楽耶……? どこへ行くんだい、それにその格好は……」


 私の制服は、天女が着るような服装へと変化する。それは幻想的であるが、どこか冷たい感じの服装。

 心こそ私が支配しているが、体と言葉は……何者かが支配していた。


「龍二、ごめんなさい。私は月へ戻らねばなりません」

「これで分かったでしょ、神楽耶様は魔性の力を使って、ただアナタと遊んでいただけなのよ」


 違う、そんなことないわよ。私は本気だった。本気で龍二のことを愛してたのよ。お願い、どうかこの気持ちを龍二に伝えて。お願いだから……。


「僕は……。遊ばれていたのか。この二年間のずっと考えていたのも、魔性の力のせいだと……。これは、偽りの感情なのか……」


 龍二、お願い気づいてよ。本当の私はここにいるからっ。偽りの私に騙されないでっ。


 涙を流したくても、表情はまったく変わろうとしない。能面のように、冷たい視線を龍二に送り続けていた。


「その絶望っぷり、私への最高のだわ。これだから、辞められないのよねっ。さぁ、神楽耶様、我らがお城へ帰りましょう。こんな男などすぐに忘れますゆえ」

「えぇ、カナ、早く戻りましょう。母上の待つ魔性国へ」


 なんでよ、これは何かの罰なのっ。素直になれなかった私への罰なのねっ。お願い、体よ動いてっ、声を、私の本当の気持ちを龍二に届けてよっ。


 体の内側でもがくも、それが表に出ることはなかった。私の涙も、声も、想いさえも、魔性の力で内側に閉じ込められる。

 空からは、迎えと思われる小さな船が目の前に降り立った。佳奈さんの力に操られ、私はその船へと乗り込もうとしていた。


「──がう、違うんだ。たとえ、神楽耶が何者であろうとも、僕は神楽耶をはとりにはさせないっ。それに、僕の心は魔性の力なんかには、絶対に屈してなんかいないぞっ!」


 龍二!? 私の声が届いたのね。お願い、私を、この呪縛から救いだして。お願いよ……。


「うるさい人間ね。そこで大人しく見ていなさい。それに、いくら言葉に出したところで、アナタたち人間は私たちの城へたどり着くのは不可能ですから」


 龍二、龍二ー! なんで手を伸ばしてくれないのっ。私を絶対に守ってくれるって、言ったじゃないのっ。手を離さないって約束……してくれたじゃないの。


 内なる悲しみは、佇んでいる龍二には届かず、私は船内へと姿を消した。船は静かに大地を飛び立つと、遠く離れた月へと向かっていった。

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